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Sapporo Chapter of Wild Bird Society of Japan

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厳冬オホーツク・極北の天使

日本野鳥の会オホーツク副代表 渡辺義昭

オホーツクで「極北の天使」と呼ばれている鳥を知っていますか?
それはヒメクビワカモメです。
「それって何?」「そんな名前の鳥がいるの?」と思われた方は少なくないでしょう。
ベテランバーダーや、非常に熱心に図鑑を読み込まれている方を除いて、その姿をすぐに思い浮かべることはなかなか出来ないと思います。
そして、実際にこの鳥に出逢えた幸運な人は、残念ながらほとんどいないに違いありません。
ヒメクビワカモメとは主に厳冬のオホーツク海で、稀に、そしてほんの束の間しか出現しない珍しいカモメなのです。


北極圏の一部で繁殖するこの小さなカモメは、薄紅色の華奢な体から、目の覚めるような鮮やかな赤い足がちょこんと出て、小さく丸い頭には細く短い嘴と黒く大きなまん丸の瞳があります。
もしも何も知らずにこの鳥と出逢ったならば、カモメの仲間だと気付かない人がいるかもしれません。
バーダーはもちろん、鳥に無縁の人や、国籍・宗派を問わず人類であれば皆、このカモメを「可愛い!」と感じるでしょう。
また学名にrosea(バラ色)という名を冠しているところも魅力的であり、この鳥はカモメ界、それ以上に海鳥界の「天使」と呼ぶに相応しい鳥だと思います。
そんなところから日本野鳥の会オホーツク代表・川崎康弘氏が、ヒメクビワカモメの愛称を「極北の天使」とし、現在のオホーツクではこの名がすっかり定着しました。
私はこの鳥を2004-2005年から熱心に探すようになり、昨シーズンで7冬が経過しました。
これまでの経験に加えて長年の川崎康弘氏の調査から、ヒメクビワカモメは「強烈な北西風」が吹く時に出現することが解っています。
この北西風が暴力的であればあるほど出現する可能性は高くなり、少しでも軟弱な吹き方になると出逢える確率はほぼゼロになります。
海の波は高ければ高いほど良く、7〜9m以上という劣悪な場合に特に出現率が高まります。
初めてこの話を聞かれた方は驚かれると思いますが、ヒメクビワカモメは野鳥観察に最悪と言える状況の中でしか見ることが出来ません。
そして出現する時期は、例年11月末から1月中旬に限られています。
この鳥と出逢うためには「短い期間」の中で「劣悪な天候」を狙って、ひたすら海岸を探し続ける以外に方法はないのです。

たとえ全ての条件が揃ったとしても、残念ながら見られる保証は全くありません。
この鳥と出逢うためには、さらに「探す力」をしっかり持っている必要があります。
最近気付いたのですが「ヒメクビワカモメがいても見つけられない人」が意外と多くいるようなのです。
その「見つけられない人」の多くは「港内の堤防や砂浜で休んでいる大型カモメを見ているだけ」で、どうやら海上を飛んでいるカモメ類は目に入っていないようです。
ヒメクビワカモメはどんなに酷い天候であっても、陸上に舞い降りて休むことは滅多にないので、見える範囲の全ての鳥類を確認しなければなりません。
尚、このカモメは特に小さいので、本当に丹念に探さなければ見落としてしまいます。
劣悪な条件の中でも「絶対に見つけるんだ!」という強い信念が、もしかすると最も重要な条件なのかもしれません。

以上の全ての条件に「強運」がプラスされた時、荒れ狂う波間を縫うようにひらひらと舞い続け、時おり水面に降下して採餌する愛らしい姿を目の当りに出来るはずです。
「大波に巻き込まれて死んでしまうのでは?」と心配になりながら、過酷な状況を好んで飛び続ける天使の姿に、きっと誰もが感動するでしょう!
灰色の空に鉛色の海という無彩色の中で、極北の天使の薄紅色は本当に美しい。
もしも野鳥百景なるものを選定するならば「オホーツク海の荒波を舞うヒメクビワカモメ」はその一景に相応しいと私は強く信じています。

支部報「カッコウ」2012年1,2月号より