渡り鳥を追って思うこと
初めてウトナイ湖サンクチュアリに泊まりこんだのは、3月の渡り鳥と学生ボランティアで賑やかな頃だった。鳥を見始めたばかりだった私は、黒いかたまりにしか見えないマガンの群れを数えているお兄さん(今思えば大畑さんだったかも)は神業の持ち主としか思えなかった。それでも先輩ボランティアのあとをくっついているうちに刷り込まれてしまったのか、漫然と鳥を見るよりテーマを決めたほうが楽しいに違いない、ハクチョウかガンのどちらかにしよう、としばらく考えてガンに決めた。なぜあんな地味なほうを選んだのか、今でもよくわからない。
私の住む長沼町はウトナイ湖と宮島沼のちょうど中間点にあって、マガンとオオヒシクイの両方がやってくる。が、当時詳しいことはほとんどわかっていなかった。そこでさっそく地図を買ってきてウトナイで教わった「分布記録」を始めることにした。これなら一人でもできそうだ。ところが相手は羽が生えているのだから追いきれるわけがない。マガンは1週間ほどで宮島沼方面へ移ってしまう。飛んでいった群れがどこをねぐらにしているかも気になる。走った町は千歳川、夕張川流域の4市4町に及んだが、確かめたいことがあってもまた来年、といった調子で10年たってしまった。しかし10年追っかけたところで、得られるのは「点」の情報でしかない。渡りという「線?面」の動きを知るには、結局自分一人でできることなどたかが知れているのだ。考えてみれば当たりまえの話だが。
仲間が欲しくてはじめに相談したのが、所属していた栗山町おっ鳥クラブだった。ねぐら調査は早朝4時半起床、外はまだ氷点下だというのに、反対する人もおらず拍子抜けしたのを覚えている。皆渡り鳥を身近に思っているからだろう。おかげでオオヒシクイが夕張川をねぐらにしていることや、長都沼をねぐらにするマガンは夕張川流域まで出かけていることがつかめた。夕張川がガンの中継地にもなっていることは、臨機応変に動ける地元人が調べていなければ知られずに終わっていたかもしれない。一人での調査は確かに気楽だし密かな楽しみめいたものもあったが、皆と一緒になにかを成し遂げたときの達成感や手応えは、感じることはなかった。おっ鳥クラブには、渡り鳥のまた違った楽しみかたを教わったと思っている。
昨年から宮島沼の会の呼びかけで、鵡川から深川方面におよぶ「マガンフライウェイ調査」が行われている。ネイチャー研究会in鵡川、ウトナイ湖サンクチュアリ、おっ鳥クラブも協力し多くのボランティアが調査にあたっている。いったい何人が田んぼを駆け回っているのか知らないが、今年は秋の調査も実施中で、前例がないだけに結果が楽しみだ。
渡りのルート上に町があるからには、これからも渡り鳥はやってくるだろう。最近長都沼の水位低下や食害が問題とされているが、その問題点も十分整理されないうちに感情論が先走って「渡り鳥=食害」のイメージが定着してしまったように感じる。食害の実態はともあれ、彼らを拒絶したところでもうほかに行き場はないのだし、別の誰かにしわ寄せが行くだけかもしれない。人間が知恵を合わせれば彼らと共存していくことは可能だと思っているし、そうしなければならないだろう。フライウェイ調査が新たなヒントを与えてくれることを期待しながら、南下するガンの群れを見送っている。

