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Sapporo Chapter of Wild Bird Society of Japan

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里山活動での森づくり ━━ その「フクシマ」の前と後

鈴木直樹

水戸で農業をやっている友人に会いに行くときは必ず在来線でも新幹線でも郡山で降り、水郡線の鈍行に乗って2,3時間かけ目的地に向う。鉄路ははじめ阿武隈川の上流を上り、小高い峠からは久慈川に沿って右へ左へ何度も渡りを繰り返しながらゆっくり下ってゆく。

沿線は何とも言えない懐かしい里山の風景だ。「北斗星」で朝日を拝むのもよし、新幹線で夕暮れの影絵を楽しむのもいい。これにハマると時間と金を惜しむ気になれない。

阿武隈山地は本当に美しい里山風景を今に残しているところだ。

札幌周辺の里山はどうか。学識者の中には“北海道には本州のような里山はない”と言う人がいるそうだが、里山の定義にもよろうが養父志乃夫氏の調査によれば、札幌市南区滝野地区では田畑とその隣接山林で自給自足的な循環型の生活が大正末期から昭和40年ぐらいまで40数年間営まれていたという(『里地里山文化論』)。

確かに私たちが1999年から活動している常盤地区の山林(私・市有林併せて6ha)でも、札幌オリンピック(1972年)の前まで、現在住宅地になっている真駒内川の狭い河岸段丘の田畑と一体となった生活が営まれていた痕跡が見つかる。萌芽更新した株立ちの広葉樹、炭焼き窯の跡、救荒用のクリの木の保存、水神様の祠跡など、本州の里山を彷彿とさせるものがある。そして雑木林に囲まれて林齢4、50年の針葉樹の人工林が何割かあるのも似ている。樹種はもちろん、本州はスギ、ヒノキだが、こちらはカラマツ、トドマツだ。

里山保全活動の目的は、開発への抑制が第一であるが、放置による林の荒廃や生物多様性の劣化防止、自然とのふれあいなどが主であろう。ただ林の手入れの仕方(森づくり)は、本州では不断の干渉によって維持されてきたコナラ、クヌギ、アカシデ、エゴノキなどの落葉広葉樹林が放置によって竹林や常緑広葉樹林に置き換わってしまうのに対し、こちらは、ミズナラ、イタヤ、ホオなど、もともと自然植生が落葉広葉樹林であるため、手入れはもっぱら人工針葉樹林に限られる。

そこで、私たちの里山活動での森への働きかけは、フィールドに小面積(0.16haと0.24ha)あるカラマツ人工林の間伐ということになる。これらの林は、40数年前、燃料革命や都市化とともに農生活的利用の終えた雑木林の一部に地主の先代が当時まだ需要のあったカラマツを植えたものである。その後、坑木や電柱、足場丸太の用途もなくなり、放置されてきた。密生して樹冠の小さくなった造林木ではあるが、先人が植えた貴重な資源であるので、大事に使わなければならない。私たちは何回か間伐を繰り返し、徐々に疎らにして自然植生の広葉樹との混交林をつくろうと、これまで2つの小班でそれぞれ1回ずつ間伐を実施した。材は薪や炭原木に利用している。

しかしこれは2011年3月11日の「フクシマ」までの森づくりである。福島第一原発の放射能汚染は、あの阿武隈の里山を台無しにしてしまった。札幌の森も例外ではない。

森は、生き物の宝庫であり、それがゆえに表面積が極めて大きく、ガス交換や自己肥培の循環システム、有機物の蓄積など放射性物質を取り込みやすい。つまり「フクシマ」は、プルトニウム239、セシウム137、ストロンチウム90などの究極の反自然物を撒き散らし、デリケートで包容力のある自然の象徴—森を、人の近付けない毒物の巣窟にしてしまったのである。今後私たちは、里山のみならず森そのものへの関わり方において、これまでとは全く違う局面に立たされることになった。

支部報「カッコウ」2011年7月号より