アオイガイハンターのライバル
アオイガイハンターの朝は早い。夜明け前には砂浜に到着し、空が白み始めるころにはもう歩き出す。
アオイガイとは、殻を持ったタコ。カイダコとも呼ばれる。その殻は半透明になるほど薄く、軽さはまるで紙のようだ。英語ではpaper nautilus(紙のオウムガイ)と呼ばれるほど。熱帯〜温帯の海の表層近くを浮遊して生活し、メスだけが殻を作ってその中で産卵して卵が孵化するまで守る。アオイガイは、西日本の日本海側では、北西季節風が吹き始める秋から冬にかけてアオイガイの漂着がよく見られる。北海道の海岸で見つけることはこれまで滅多になかったのだが、2005年から漂着例が急増した。それ以降、石狩浜だけでも毎シーズン100個以上は確認している。ここ数年、日本海の秋の海水温が平年より2度近くも高いことが直接の原因らしい。

ビーチコーマー(beach-comber)と呼ばれる漂着物採集に燃える人たちの中には、アオイガイに取り付かれた人も多い。その中でも「アオイガイハンター」の異名を持つのが、札幌のIさんだ。彼はアオイガイのやって来る秋になると、休みの日は毎日、朝から晩まで石狩周辺の浜のアオイガイを求めて歩き回る。砂丘の風資料館で展示している大量のアオイガイは彼が採集したものだし、僕の研究(アオイガイの漂着と大気・海洋環境との関係)も、Iさんの標本とデータがなければ成り立たない。
そんな我々にライバルビーチコーマーは多い。コハクやメノウなど宝石系を狙う女性、漂着貝類を追い求める大学教授、自宅の周囲を漂着物で飾り付ける元漁師…。浜辺に降りて足元に漂着物を辿る新しい足跡を見つけ、先を越されたことに気づいた時は絶望的な気分になる。しかし、彼らを出し抜くのはそれほど困難ではない。朝ちょっと早く行動を開始すれば、大抵の場合、誰の足跡もない砂浜を歩くことができる。
首尾よく砂浜に一番乗りして漂着アオイガイを見つけても、しかし、殻は無残に壊れていることも多い。というより、無傷な完品のほうがめずらしいくらい。誰がこんなヒドいことを!とワナワナするのだが、これは、殻の中のタコや卵を狙うカラスやカモメに突かれてしまった跡。こっちはタコはいいから殻だけ無傷でくれればそれでいいのだが、そうはいかないらしい。アオイガイハンターの最強のライバルは、鳥なのだ。
それなら、と思って鳥がまだ出てこない早朝も早朝、夜明け前のギリギリ歩ける程度に明るくなってくる頃を狙って浜を歩いてみると…。無傷のアオイガイ、あるある。しかもタコ付き。すでに死んでいるタコもいるが、中にはうねうねと脚を動かしているものも。薄明の中でのその光景、まだまだ人知の及ばぬ海の神秘を垣間見たような気分になる。そして、タコはIさん宅でバター炒めとなり、アオイガイコレクションはまた追加される。多くの手強いライバルに競り勝った満足感。
今年も間もなく、アオイガイハンターとライバルたちの競争が繰り広げられる…。
(※もしアオイガイを拾ったら日と場所、サイズなど教えてくださいね。)
支部報「カッコウ」2009年8,9月号より
