森と私
14歳まで、 西野幌の野幌原始林に接した農家で成長した私は、 この原始林が遊び場だったし、 眺めるのはいつも原始林、 ほんとうに豊かな森だったと思う。
直径2m以上も あろうかと思う大木があちこちにあり、 昼も暗い森だった。 雪が消えるとアイヌネギ、 ヤチブキ (母がそう呼んでいた)、 その次はタケノコ、 フキ、 6月になるとワラビ、 ゼンマイを採ったし、 秋にはブドウ、 コクワ、 シイタケ、 マイタケなどが採れた。
月明かりの夏の夜、 黒々と連なる原始林を眺めていると、 「ホー」 「ホー」 と鳴き交わす鳥の声が こだまし、 神秘的な雰囲気につつまれた思い出が焼きついている。 恐れたのは秋に出没する熊だけだった。
この原始林も戦中の乱伐で、 今は見る影も無い姿になってしまった。
太平洋戦争の始まった年から、 藻岩山の麓の学校に入り、 その寮で6年間過ごした。 夜から明け方に 「ピー」、 「ピー」 と透き通る声をこだまさせて鳴く寂しげな鳥の声が、 野幌原始林の森とふるさとの母を思い出させてくれた。
後に京都を旅し、 比叡山だったと思うが、 そこに住む鳥の剥製が展示してあり、 ボタンを押すとその声が聴けるように なっていた。 細いくちばしで、 数種類の色がまだらに見え、 細い体つきの妙な鳥がいると思って、 声を聴いたら ピー」、 「ピー」 と、 藻岩のあの鳥だった。 名前は 「トラツグミ」、 前々から知りたいと思っていた鳥の名だった。
勤務の関係で4〜5年札幌を離れたが、 その後の勤務地が藻岩山の麓だった。
ずーと藻岩の森を眺めて暮らしたら、 森から離れられなくなり、 自宅も藻岩山の南斜面に、 しかも森に接 した所に建て、 住んでから40年になろうとしている。
この森は原生林でなく、 半分はカラマツ、 トドマツの植林である。 昔の野幌原始林に比べ全く貧弱な森である。 石狩森林 管理署の施業管理計画図の区分によると、 「レクリェーションの森」 の内の 「自然観察教育林」 と記されている。 管理署の人にどういう意味ですかと訊いたら 「字の通りだ」 とのこと。 森としてはすばらしいものではないが、 ここに住んでいる人には宝の森だ。
住民に訊くと 「自然環境がよいからここに移ってきたんだ」 と応える。 空気がうまい、 冬の風がない、 小鳥がたくさんやって来る、 キツネ、 キジ、 リスが庭にまで来るなど、 目を輝かせて話してくれる。 森の中に小さな水溜まりがあり、 毎年カエルやエゾサンショウウオが卵を産む。 それを眺めていたら、 笹の陰からそーと子ギツネが水を飲みに来た。 尾 の先が白かったので、 妻と二人で 「オジロー」 と名づけたが、 その後 「オジロー」 を見かけることはない。 今年はルリ鳥を目にした。
ここに住んでいる有志で 「藻岩南麓森を守る会」 を作り、 森の散策路の笹刈をやってきた。
去年の台風18号でたくさんの木が倒され、 散策路が塞がれてしまった。 「森を守 る会」 は早速倒木を払って散策路の回復に取りかかったが、 ようやく3分の2ほど終わったところ。
森があれば森を愛さない人はいないでしょう。 「森を守る会」 の人は仲が好 いし、 思いやりも深い。 自弁で刈払い機やチェンソーを買い、 無償の作業に汗水を流す。
山や森は住みやすい町内を作り、 他人を思いやる人を養うのに役立っているのでしょうか。
