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Sapporo Chapter of Wild Bird Society of Japan

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多摩川・羽村堰周辺のこと

奥多摩支部 櫻井宗和

2003年は江戸開府400年に当たり、さまざまな記念行事が行われたが、同時に玉川上水開削350周年であった。
開府から50年、膨張する江戸の水を支えるために、多摩川の中流域・羽村に堰を設け、取水してそこから武蔵野台地を四谷・大木戸まで43キロ、標高差92メートル-つまりは100メートルで21センチという緩傾斜を素堀で自然流下させた。

承応2年(1653年)4月4日に工事をはじめ、11月15日には完成・通水出来たといわれる。江戸市中、中でも江戸城内の水を確保したにとどまらず、分水による新田開発や、通船事業、水車などの動力源として大きな役割を果たした。

1965年、小平から下流には水を流さなくなったが、1986年「清流復活事業」として通水が再開され、羽村から23キロあまり離れた我が家の近くの上水で稀にカワセミが飛ぶ。上水の土手にはケヤキ、エノキ、エゴノキ、ニワトコなどが生い茂り緑のベルトとなっているがこれらの樹ぎはほとんど鳥が運んで芽生えた結果だと思われる。
この上水はわが国の土木事業の優れた遺構であり、東京都歴史環境保全地域に指定され、2003年には国史蹟に指定された。

私は河口から54キロにあたる羽村堰周辺が好きだ、第一に空が広い。
羽村堰の脇には、玉川上水を開いたとされる玉川庄右衛門、清右衛門兄弟の像が染井吉野の下に建っているが、そこを集合場所に、奥多摩支部では毎月第一水曜日に「羽村堰周辺定例探鳥会」を行いすでに108回になる。一般向きで人気は高い。
多摩川で水辺の鳥をみたあと、対岸の浅間岳(235.1メートル)に上ると山野の鳥がみられる。
イカル、チドリ、イソシギは常連で、タシギが越冬したり、昨年はイソヒヨドリがやって来た。
山中にはアオジやミヤマホオジロもやって来る。
また、毎月第二木曜日には「羽村堰周辺植物観察会」を開いているが中流域を特長づけるカワラノギクや、ヒロハノカワラサイコ、カワラナデシコ、レンリソウなどが咲き、浅間岳にはシハイスミレの群生地もある。
いつしかこの探鳥会と植物観察会、双方の担当になったのでそれぞれの下見と本番、それ以外の単独行を含めると、年間60回ぐらいは羽村通いをつづけている。
友人からは、羽村で部屋を借りたら?と冗談をいわれる。

奥多摩支部ではここ6年フィールド内の多摩川沿いの3地点を足点にして九月下旬から十月上旬の2週間、「タカの渡り調査」をつづけている。
定点はいずれも多摩川左岸の青梅市梅の公園、友田運動公園、羽村堰対岸の3地点で私は迷わず羽村を選ぶ、それも極力皆勤を心がける。

朝8時30分から午後2時まで、雨天中止の日以外は連日、河畔に座って北の空を見つづける。3日目位には眼底が痛くなり、1週間ぐらいで日灼けで、額と鼻の頭の皮がむける。
それでも座りつづけていると、季節の日々の変化を肌で感じ、今年のノビタキの到来は早いとか、エゾビタキが来ないなとか脇の藪から出て来るハクセキレイの幼鳥が今日も来たとか、叢の上に這い上がって日光浴をするヘビが今日は出ないとか下流から飛んで来たミサゴがホバリングから急降下して、首尾よく大きな魚を捕らえるのを目撃したりとかして、その定点の自然の中に自分自身が融けこんで行くように思えてくる。
連日、5時半起床のこの調査はけっこうきついが、加齢と共に自身の体力テストでもあると考えている。
多少の負荷をかけないと退化していくばかりだと思うからだ。

2003年の3地点合計では、サシバ・1,113羽、ハチクマ・68羽、ヒヨドリ・3,823羽が渡って行った。延べ参加者398名であった。
詳しくは奥多摩支部報「多摩の鳥」1月号をごらんいただきたい。

今年の秋も羽村で“渡りのロマン”の中に座りつづけたいと思っている。

支部報「カッコウ」2004年2月号より