ハヤブサとハト
人にはそれぞれに好きな食べ物があるように、鳥類を主な餌としている猛禽のハヤブサにも好物としている獲物がいる。ハトである。ハヤブサは海岸線の切り立った断崖の上から、じっと逃げ場のない遙か沖の上空を飛翔する獲物を狙うのだが、カモメやカモなどの姿を見付けても、よほど空腹でもない限り飛び立っては行かない。しかし、ハトを見付けた時には、いつも血相を変えて慌ただしく一直線に追撃して行く。それにはいくつかの理由があるからだ。
まずその一つに、まだ私は食べたことがないのだが、ハトの肉がとても美味しいことが上げられる。一般に動物は肉食や雑食性のものより草食性のものの方が、癖がなく美味しい。実はハトは鳥類ではめずらしく、一年を通して植物質の餌しか食べない鳥である。普通、スズメのように秋から冬にかけての植物の種子を主な餌としている鳥たちでも、春から夏にかけての子育ての時期には栄養価の高い昆虫類を盛んに食べ、ヒナにも与えるのだが、ハト類は繁殖期でも昆虫類は一切食べず、ヒナにも与えない。こんな話がある。昔、歌手のアグネス・チャンが香港から初めて日本にやって来た時、東京駅前でたくさんのハトの群を見た。そして、こう思ったそうだ。「美味しそう。何で日本人はこんなにいるハトを食べないんだろう。」と。確かに中国やフランスでは、ハトは一般的な食材となっており、食用に飼育されている。きっとハヤブサも人間同様、美味しいものには目がないのだろう。次にハヤブサがハトを好む理由が、ハトの大きさである。カモメやカモなどの大型の獲物は捕らえやすい反面、体が大きいためナワバリ内の断崖まで上空でつかんだまま持ち帰るのは大変である。かといって、スズメなど小さな鳥は、すばしっこく捕まえづらい。それに、頭や羽毛を取り除くと食べられる部分はほんのわずかで、広い海上を忙しく飛び回って捕まえた割には効率が悪い。その点、ハトは大きさの割に肉付きがよく、ちょうどいい大きさなのである。
最後の大きな理由はハヤブサにとって捕まえやすいということである。ハヤブサは、他のタカ類と違い、森や林など込み入った場所での狩りはおこなわず、障害物のない広い空間で、時速300キロのスピードにものをいわせて獲物を捕らえる。このため、獲物となる鳥が茂みや木立の中へと入ってしまうと、障害物を恐れ、すぐに狩りをあきらめてしまう。しかし、一般的なハトは本来、海岸線の断崖に生息していたため、あまり林の木々の中に入り込む習性がない。それに昔から伝書バトとして使われるほど飛翔力があるため、外敵に襲われると飛んで逃げ延びようとする習性がある。だが、さすがにハヤブサの飛翔スピードにはかなわない。これらのことが、ハヤブサが好んでハトを捕らえる理由である。最近、私はハトを見ると美味しそうに見えてきてしまい、困っている。
支部報「カッコウ」2008年8、9月号より
