ロシアのハクチョウ 食卓からはばたくまで
3年ほど前、ロシアからの親善団体に同行して、ウトナイ湖を見学したときのこと。3月の初めで、かのマガンの姿はなく、ハクチョウとオナガガモが迎えてくれた。
ご存知の通り、そこでは水鳥に餌をやることができる。客人たちもうれしそう。皆で写真を撮りあいながら餌を撒いていると、一人の女性が何気なく聞いてくる。
「面白いけど、カモにも餌をやるの、変な感じよね。」
真意を聞くと、ハクチョウに餌をやるのはわかる。が、カモはあくまでも食べるもの。見かければ撃つものだから、餌をやるのが変に見えてしかたがないという。
この話をすぐロシア人全体に敷衍することはできないが、日本人には決してない発想で面白かった。
ニワトリすら自分で処理することがなくなった日本人とちがい、一部のロシアの人々の目には、食用の動物は生きているうちでも「食べ物」に見えているのだろうか。
一方、現代では誰の目にも「食べ物」と映らないハクチョウも、古代ロシア(ルーシ)では食べられていた。ロシアの古典である『イーゴリ軍記』には、ハクチョウやツルを食べていたというくだりが出てくる。12世紀の『富める者と貧しき者について』では、富者の食卓にガン、ハクチョウ、ツル、エゾライチョウ、ハトなどが上っていたという。
その後、ハクチョウはどのように食用動物の隊列から姿を消すのか。
10世紀、ルーシがキリスト教を受け入れてから、その影響が食生活にも及び始める。敬虔な信者は不殺生の教えを文字通りに解釈し、自ら肉食を制限した。鳥類では、ハトは神の使いとされ、番のハクチョウは人間の夫婦を連想させたため、それらを狩ることはタブー視されるようになる(民族と文化叢書『ロシア人』)。
にもかかわらず、近代までハクチョウは食べられていた。1553年、英国の旅行家リチャード=チャンセラーがロシアを訪れ、イワン雷帝に拝謁している。このときふるまわれた食事にも、ハクチョウが登場する。王様の食卓を飾る、まさに高級料理だったのである。現在でもモスクワ旧市街には白鳥横丁なる名前の通りがあるが、これは皇室献上用のハクチョウの飼育池があった名残である。
味はどうだったのだろうか。チャンセラーは語っていない。皇帝の面前で、味どころではなかったのかもしれない。
18世紀以後になると、肉料理ではウシやガチョウが喜ばれ、大型の野鳥が食卓に上ることは少なくなる。ハクチョウもこのころやっと肉料理のメニューから姿を消したらしい。以後、バレエの話を持ち出すまでもなく、もっぱら芸術や愛玩の対象となる。
翻って、古代の日本人は、ハクチョウやツルを食べたのだろうか。興味あるところだ。
話は戻って、哀れなるカモは、今も人間の食卓を離れることができない。北の国からの訪問者の何気ない一言で、以来、近所の川に飛んでくるマガモが、私には大変美味しそうに見えてしかたがない。
支部報「カッコウ」2008年5月号より
