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Sapporo Chapter of Wild Bird Society of Japan

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スズメについて考えた

池田亨嘉(札幌支部&十勝支部&エゾリスの会)

スズメが減ったという話題を、野鳥の会ではない、一般の方はよく振ってきます。
「なぜだとお思いですか」 「・・・おおきな地震の前触れとか・・」
「十勝沖地震の前はスズメいましたか?」「いましたぁ(ホッ)」
漠然とした不安・・・。
また地震があるのではないか、変な病気がはやる? 計り知れない異変がある? そんな不安が、目の前の変化にすぐ飛びつきたくなる気持ちを加速しています。あまり意味のない健康食品がはやるのと似た心理がどこかにあるようです。
不安なくせに、自分自身で真偽を確かめることをはじめから放棄し、人から答えを与えられるのをただただ待っています。
私たちはいったい「何に」関心があるのでしょう。ときどき、わからなくなります。

テレビの見過ぎでしょうか?
白花豆がなくなる、納豆が、寒天がある日なくなる。
「受け身」としてはとても敏感なのに、何か他のことに鈍感になっている。そんな気がします。
自然が好きな人は、今ある自然はずっと残っていくのが妥当だと考えます。でもそれも一種の受け身でしょう。自然の存在をまず社会に伝えるところからはじめないと、存在しなかったことになってしまう。消える間際になって騒いでももう遅い・・・。
自分はマガモやカルガモを数えて調べていますが、ある希少種の専門の方から「またそんな地味なものを」と言われたことがあります。
スズメ問題はそれに対する答えを含んでいるように思えます。当たり前なものほど調べておかなければいけない。スズメにたいして自分は受け身だったわけです。
もし、スズメを調べられないほど、自然を見る目が少ないとすれば、その現状こそが問題なのかもしれません。
今回スズメを取り上げるにあたって、一夜漬けをして思ったことは、スズメを調べることは人間を調べることにつながるということです。
自然環境にうまく適応できる社会を目指すなら、普通種の重要さを見逃さないようにしたいと思います。

支部報「カッコウ」2008年2月号より