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Sapporo Chapter of Wild Bird Society of Japan

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ハヤブサと農薬汚染

黒澤 隆(日本オオタカネットワーク役員)

今年はレイチェル・カーソンの生誕100年にあたるので、農薬による環境汚染とハヤブサについてお話したいと思います。

ご存知のように、カーソンは1962年に「沈黙の春」で、DDTに代表される有機塩素系農薬による環境汚染に警鐘を鳴らしました。現在でもDDTが使用されている地域や国はありますが、幸いなことに、欧米諸国では1970年代にDDTの使用が禁止され、鳥のさえずりが聞こえない「沈黙の春」を迎える事態を一応避けることができました。
しかし、このDDTは食物連鎖の頂点に立つハヤブサなどの猛禽類に生物濃縮というプロセスを通して、深刻な影響を及ぼしたのです。有機水銀に汚染された魚介類を食べた人が水俣病を発症した過程と同じです。

カーソンの「沈黙の春」が世に出る少し前、イギリスでは「レースバト協会」がハヤブサを駆除できるように、保護の対象種からはずすよう政府に陳情していました。ハトを捕食するハヤブサはハトの愛好家たちにとって、許しがたい存在だったのです。
このとき、レースバト協会が騒ぎ立てないでいたら、ハヤブサは絶滅していたかも知れません。ハヤブサを絶滅の縁から救い出すきっかけを作ったのは、皮肉なことにハヤブサを敵視していたハトの愛好家たちでした。

レースバト協会の陳情を受けて、政府は「英国鳥類学協会(BTO)」にハヤブサの調査を依頼しました。調査の結果、レースバト協会の主張とは反対に、ハヤブサの個体数が半分以下(戦前の水準の40%)に激減していることがあきらかになりました。調査の指揮を取ったデリック・ラトクリフ博士は、残っている個体の繁殖率の低下にも気づきました。

孵化しなかった卵を調べたところ、卵の殻が正常な卵より20%も薄いことがわかりました。卵殻が薄くなると、抱卵中に親鳥の体重で割れてしまうのです。DDTが使用されるようになってから、ハヤブサの卵の殻が薄くなったことを証明できたのは、またも皮肉なことに、ハヤブサの敵のおかげでした。
日本ではあまり耳にしませんが、イギリスには野鳥、特に希少種の卵の収集を趣味にする人たちがいました(今もいます)。ハヤブサの卵もコレクターのターゲットになっていました。
ラトクリフ博士は、コレクターが秘蔵していた過去の卵の大きさと重さを計測して、DDT使用後の卵は殻が薄くなっていることを立証したのです。何十年にもわたり卵を取った行為は決して正当化できませんが、DDTの使用禁止の実現に一役買ったことは確かです。まさに禍福はあざなえる縄のごとしです。

一方、カーソンのお膝元アメリカでも調査をしてみると、ハヤブサは多くの生息地から姿を消していました。特にミシシッピー川以東の地域個体群は絶滅してしまったのです。
イギリスではスコットランドに比較的健全な個体群が残っていたので、個体群の回復を自然に任せましたが、深刻な事態に直面したアメリカでは、鳥類学者と鷹匠が一般市民の協力や支援を得て、ハヤブサの人工繁殖に取組みました。
1970年代から90年代に自然に帰されたハヤブサはカナダも含めると、7,000羽近くにのぼります。こうした地道な保護活動が実を結び、北米の空にハヤブサが帰って来ました。

支部報「カッコウ」2007年7月号より