無人島モユルリ島の現在
根室半島の付け根、落石岬沖合の太平洋上にモユルリ島という無人島がある。
周囲3kmの小島だが、断崖に囲まれたテーブル状の島は、半島から見ると海上に浮かぶ航空母艦のようだ。
この島は、隣のユルリ島と合わせてエトピリカやチシマウガラスなど北方系海鳥の繁殖地として古くから有名で、道の天然記念物にも指定されている。
私は13年前から、この島にゼニガタアザラシの生態調査のために、関係機関の許可を得て通っている。
在島中の主な仕事は島周辺の岩場に集団で上陸するアザラシの頭数や性比を数え、体表に散らばる斑紋から個体を識別して記録することなどだが、それらの合間に海鳥を観察することも楽しみの一つだ。
島の海鳥・海獣の近況を簡単に紹介したい。
僅か十年少々の間にも、海鳥の生息状況には大小の変化があった。
最も大きな変化は、オオセグロカモメの激減だろうか。最初に島を訪れた時、足の踏み場もないくらいの数に圧倒された。
当時数万羽ともいわれた本種は、希少種への悪影響も指摘されていた。しかし、その頃流氷を伝ったのかキツネが1頭島に渡り、多数のカモメが食べられた。
キツネは同年中に排除されたが、一度減り始めたものは加速がつくようで、そうしているうちに今度は、かつて人間の持ち込んだドブネズミが目立って多くなってきた。
ネズミはカモメの雛や卵を相当捕食しているようで、この数年はネズミの渡れない離れ岩以外ではほとんど雛が育たない状況が続いている。
ドブネズミは当然、ほかの海鳥の繁殖にも影響を与えているだろう。
天然記念物の島への人間の上陸が、厳しく規制されているのは前述の通りだが、海上からの接近に関しては何の規制もない。
そのため、釣り船や漁船が日常的にやって来て、海鳥やアザラシの繁殖地のすぐそばに長時間滞在することもある。
採餌域も含めた周辺の海上には定置網や刺網が稠密に張り巡らされ、実態は不明なものの混獲が懸念される。
海上や海岸のゴミも多く、数年前にはゼニガタアザラシの新生児が投棄された漁網に絡まったことがあった。
この時はたまたま私達が島におり、またアザラシが島で唯一の浜に生きて打ち上がったために網をナイフで切って救出することができた。
このように天然記念物の無人島といえども、海鳥・海獣にとっては決して安住の地ではないのがモユルリ島の現状である。
それでも滅ぶことなく、細々と続いているのが不思議に感じる時さえある。
詳細は省略するが、私のゼニガタアザラシ調査からは南千島(北方四島)と季節的な移動・交流があり、そうした中からモユルリ島に定着して繁殖する個体のいることが示唆されている。
南千島の大部分はロシアの自然保護区として海上も含めて手厚く保護され、海鳥・海獣が豊富なことで知られている。
南千島の原生的な自然環境があってこそ、道東の個体群がかろうじて維持されてきたのだ。
おそらく、海鳥でも同様の関係があるのではないだろうか。
モユルリ島に限らず、北海道の離島の海鳥や海獣を保護し、共存してゆくためには人間由来の天敵の駆除や海上保護区の設置といった局所的な保護策を講じると同時に、千島列島・オホーツク海も視野に入れた広域的な海洋生態系の保全が重要ではないかと考えている。

モユルリ島のゼニガタアザラシ
支部報「カッコウ」2007年5月号より
