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Sapporo Chapter of Wild Bird Society of Japan

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湯の町の鳥

国土交通省 定山渓水源地域ビジョン委員 一條 晋

ひょんなことから札幌の奥座敷として親しまれてきた湯の町定山渓温泉に暮らすこと になった。町の中を豊平川が流れ、渓谷の自然が四季折々に鮮やかな彩りを見せてくれる。これで隠居、なんの思いわずらいもない。こんな夢物語が許されるはずもなく、やはり甘かった。ということで漫録笑覧。-惜しいことだ。と思った。

花鳥虫魚ことごとく、その生を謳歌し、熊鹿が常に隣となる深山幽居の楽しみを満たしてくれそうな「豊かな自然」は確かに残存している。しかし、醜い人工構築物が必ず目に入ってきて、憂鬱になる。無数に造られらた砂防ダムは、山水画を思わせる美しい渓流景観を恥も外聞もなく破壊してしまっている。樹木や草花も意図的に導入された外来種が目立ち、在来種の自然の木を植えていても、不自然な植え方で興醒めしてしまう。ヤマゲラの声がやけに悲しげに聞こえる。オオルリがしきりに囀っている。その木も外来種のニセアカシアだ。根元に転がっているのは、ポイ捨てされた空きカンとタバコの吸い殻。川面に目を遣ると、カワアイサが群れている。マガモやオシドリ、アオサギもいる。渓流はカワガラス・ミソサザイ・キセキレイたちの生息地でもある。淙々と流れる水際にポリ袋が引っかかっている。澱みにペットボトルや発砲スチロールの大きな箱が浮かんでいる。人間というのは自然に対してあまりにもわがまま勝手である。科学技術力に頼る人間だからこそ、自然に対する気配りが必要なのだ。ハチクマ・クマタカ・ハイタカが舞う渓谷の空をオオセグロカモメが飛びまわっている。わけのわからない大資本の保養所の管理人が大量給餌でドバトまで呼び寄せている。大温泉ホテルの屋上からは、カラスの死骸を模した物体が釣り竿で三個もつり下げられている。からす達は怖がるどころか、平気の平佐で、すぐ傍で遊んでいる。一体全体、観光客はこんな光景をどんな気持ちで眺めているのか。物のわかる客からは嘲笑、侮蔑の対象となるだけでないのか。

計画なき国立公園の乱開発の果ては、かくのごとく悲惨な現状である。人の心が受ける影響で、一番最初に生じ、しかも一番重要なものは、自然の影響であるという。自然の変質は心の拠り所を喪失させ、土地と人々との絆、人と人との絆を断絶する。勿論、安全な水や食べ物を確保することにすら問題が生じているのだから、心の問題だけでなく、機能的な損失にも目を向けなくてはならない。今後、さまざまな判断や選択をするに際して、「経済」よりも「環境」に優先権を置き、森林・渓流・野生生物などを含めた総体としての「風景」を修復することを提案していきたい。いずれにせよ「自然再生」こそが定山渓地域の活性化にも結びつくと確信している。

なんと、ウグイスの鳴き声が、窓ガラスの割れた廃棄自動車の中から聞こえてきた。クロツグミの美声も聞こえる。聴き惚れていると、突然、拡声機からダム放流の通報が流れ、サイレンが鳴り響いて、完全に白けてしまった。
感動的なことがないわけではない。厳冬期のカラスの塒入り。札幌市街方向から風雪に逆らいながら、次々に湯けむりをついて帰って来る一千羽余のカラスたちの飛翔は圧巻である。温泉街では思いの外、スズメも多い。雪解け間もない頃、足湯の近くで死んでいるスズメを見つけた。誰もいないのをいいことに、足湯でスズメの足を洗ってやり、それから一休禅師に習って「足湯守大姉」(勝手に♀と決めつけて、居士ではなく大姉とした)の戒名を付け、ねんごろに葬った。因みに、一休が「侍者」と呼んでいたスズメに与えた戒名は「尊林居士」であった。

支部報「カッコウ」2004年6月号より