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Sapporo Chapter of Wild Bird Society of Japan

ヤブサメを見たいという気持ち

札幌小鳥ライブラリー代表  佐藤 義則

14年くらい前の事。一眼レフカメラを買い、何となく野山に出かけては野鳥を撮影し、現像して図鑑と照らし合わせ、野鳥の名前を覚えることが楽しかったころ。どうしても見たい鳥がヤブサメだった。それは今でも変わらないが、本当に好きな鳥である。

ご存知だと思うが、笹やぶの中で「シシシシ」と虫のような声で鳴いてるあの鳥である。最初は本当に虫だと思っていたが、札幌支部の探鳥会に参加したときに、ヤブサメという鳥だと教えてもらってから、どうしても見たくなってきた。正直、図鑑などで見る写真はハッキリ写っていない物が多く、お姿をこの目で確かめたかった。

ヤブサメは春になると渡って来る夏鳥で、低地の地表近くのやぶの中にいる。大きさはたった11cmしかない。その小さな鳥が、東南アジアから何千キロも飛んで北海道まで来るのである。

日本近海でフェリ-に乗ってると、突然ヤブサメが空から落っこちてきた話を聞いたことがあるが、あの体で飛んでくるのだから当然かもしれない。無事にたどり着く確率はどのくらいなんだろうと思ってしまう。

長い渡りのせいか、こちらに居るときは、もっぱら地面をピョコピョコ歩いて?移動している。本当に可愛い鳥で、尾羽が短いのが何となくカワセミにも似てるような感じである(色は地味で目立たないが)

私の場合、ヤブサメを見るだけではなく、どうしても写真にも撮りたいので、気合の入れ方が違う。

まずヤブサメの居そうな林道沿いにしゃがみこみ、笹やぶをジッと見ていると、かなりの確率でヤブサメの動く姿が確認できる。後は出てくるのを待つだけだが、出てくるか、出てこないかは半々で、小雨のときは結構林道に出てくる。

他、やぶの中は普段あまり見かけない面白い鳥が沢山居て、センダイムシクイ、ウグイス、エゾムシクイ、クロツグミ、コルリ、メジロ、クロジなどもたまに観察できる。動物ではヤチネズミなどが見られることもある。

結構、笹やぶ観察は楽しいのである。コツは笹の枝が混んでない、隙間に視線を集中させることで、最初は周りの枝が邪魔でイライラするが、時間が経つと枝自体が見えなくなる(ような)感覚になり、動く鳥たちが見えてくるのである。

ウソだと思ったらやって見るといい。もし、それでダメならその人は笹やぶ観察に向いていないのでやめたほうがいい。

観察時に気をつけないといけないのがダニである。帰宅後は服にダニがついていないか確認しないと大変なことになる。野鳥を見てると、たまにダニをつけた鳥に出会うが、本当に気の毒な気持ちになる。

ところで、笹やぶの鳥たちの性格はというと、臆病で、物音に敏感、ストロボを1回発光するとすぐに逃げてしまう。でもすぐに戻ってくるので本当はあまり気にしないタイプかもしれない。特にコルリやセンダイムシクイはその傾向が強い。行ったきり戻ってこないのがクロジで、一度撮影に失敗するとその日は撮影終了となる。

最後に、いろんな人になぜヤブサメが好きなのかと聞かれるが、どう答えたらよいか分からないのが本音である。

地味で小さく、普段は見えずらい上、さえずりも「シシシシ」ばかり。ちっとも面白くない鳥であるが、じっくり見る機会があれば、何となくその魅力が分かると思う。
そろそろそんな季節がやって来るので、今から楽しみにしている。

支部報「カッコウ」2004年3月号より

多摩川・羽村堰周辺のこと

奥多摩支部 櫻井宗和

2003年は江戸開府400年に当たり、さまざまな記念行事が行われたが、同時に玉川上水開削350周年であった。
開府から50年、膨張する江戸の水を支えるために、多摩川の中流域・羽村に堰を設け、取水してそこから武蔵野台地を四谷・大木戸まで43キロ、標高差92メートル-つまりは100メートルで21センチという緩傾斜を素堀で自然流下させた。

承応2年(1653年)4月4日に工事をはじめ、11月15日には完成・通水出来たといわれる。江戸市中、中でも江戸城内の水を確保したにとどまらず、分水による新田開発や、通船事業、水車などの動力源として大きな役割を果たした。

1965年、小平から下流には水を流さなくなったが、1986年「清流復活事業」として通水が再開され、羽村から23キロあまり離れた我が家の近くの上水で稀にカワセミが飛ぶ。上水の土手にはケヤキ、エノキ、エゴノキ、ニワトコなどが生い茂り緑のベルトとなっているがこれらの樹ぎはほとんど鳥が運んで芽生えた結果だと思われる。
この上水はわが国の土木事業の優れた遺構であり、東京都歴史環境保全地域に指定され、2003年には国史蹟に指定された。

私は河口から54キロにあたる羽村堰周辺が好きだ、第一に空が広い。
羽村堰の脇には、玉川上水を開いたとされる玉川庄右衛門、清右衛門兄弟の像が染井吉野の下に建っているが、そこを集合場所に、奥多摩支部では毎月第一水曜日に「羽村堰周辺定例探鳥会」を行いすでに108回になる。一般向きで人気は高い。
多摩川で水辺の鳥をみたあと、対岸の浅間岳(235.1メートル)に上ると山野の鳥がみられる。
イカル、チドリ、イソシギは常連で、タシギが越冬したり、昨年はイソヒヨドリがやって来た。
山中にはアオジやミヤマホオジロもやって来る。
また、毎月第二木曜日には「羽村堰周辺植物観察会」を開いているが中流域を特長づけるカワラノギクや、ヒロハノカワラサイコ、カワラナデシコ、レンリソウなどが咲き、浅間岳にはシハイスミレの群生地もある。
いつしかこの探鳥会と植物観察会、双方の担当になったのでそれぞれの下見と本番、それ以外の単独行を含めると、年間60回ぐらいは羽村通いをつづけている。
友人からは、羽村で部屋を借りたら?と冗談をいわれる。

奥多摩支部ではここ6年フィールド内の多摩川沿いの3地点を足点にして九月下旬から十月上旬の2週間、「タカの渡り調査」をつづけている。
定点はいずれも多摩川左岸の青梅市梅の公園、友田運動公園、羽村堰対岸の3地点で私は迷わず羽村を選ぶ、それも極力皆勤を心がける。

朝8時30分から午後2時まで、雨天中止の日以外は連日、河畔に座って北の空を見つづける。3日目位には眼底が痛くなり、1週間ぐらいで日灼けで、額と鼻の頭の皮がむける。
それでも座りつづけていると、季節の日々の変化を肌で感じ、今年のノビタキの到来は早いとか、エゾビタキが来ないなとか脇の藪から出て来るハクセキレイの幼鳥が今日も来たとか、叢の上に這い上がって日光浴をするヘビが今日は出ないとか下流から飛んで来たミサゴがホバリングから急降下して、首尾よく大きな魚を捕らえるのを目撃したりとかして、その定点の自然の中に自分自身が融けこんで行くように思えてくる。
連日、5時半起床のこの調査はけっこうきついが、加齢と共に自身の体力テストでもあると考えている。
多少の負荷をかけないと退化していくばかりだと思うからだ。

2003年の3地点合計では、サシバ・1,113羽、ハチクマ・68羽、ヒヨドリ・3,823羽が渡って行った。延べ参加者398名であった。
詳しくは奥多摩支部報「多摩の鳥」1月号をごらんいただきたい。

今年の秋も羽村で“渡りのロマン”の中に座りつづけたいと思っている。

支部報「カッコウ」2004年2月号より

空飛ぶほ乳類 −蝙蝠−

北海道大学低温科学研究所 生物多様性グループ 河合久仁子

先日、円山の高級マンションの壁にコウモリらしき物が張り付いているという情報が私の元に寄せられた。聞けば管理人さんが野鳥の会札幌支部に連絡し(空飛ぶものつながりか?)、それが何人かを経て私のところに届いたという。
そのコウモリは11階エレベーターホール脇の壁のタイル目地に足を引っかけておなかをタイルに押しつけるようにしてじっとしていた。はじめは補虫網か何かで捕まえて(保護許可をもっています)、コウモリ用リング(鳥の標識と同じように番号などが刻まれています)を装着し、放遂しょうかと考えているが、コウモリは爆睡中のようであり、つついたら11階から真っ逆様に落ちそうな感じがした。
幸いその日は暖かく、これだったら今晩いなくなるのでは?と判断し、何もせずに立ち去った。次の日、管理人さんからいなくなったという報告を受け、一安心した。

北海道以外のみなさんとコウモリの話をすると、家のそばを飛んでいたとか、小学校に迷い込んだのをみたとか、意外にもコウモリにまつわるエピソードをお持ちの方が多いのに驚く。
しかし、北海道ではコウモリなんか見たことがないという方が圧倒的に多いのである。これは本州では町中でも普通に見られるアブラコウモリ(イエコウモリ)が北海道にはいないからというのがその理由だと考えられている。
実際、去年北海道で初めてのアブラコウモリが函館で発見されたが、こちらは地元の方々にたびたび目撃されていたようである。
アブラコウモリが目撃され易い理由は、夕暮れ時、まだかなり明るいうちから町のあちこちを飛び回るという生態にあるのではないかと思う。

北海道には15種から17種のコウモリが生息しているといわれている。
洞窟の中にいると思われがちなコウモリだが、北海道の種構成の特徴として、樹洞をねぐらとするものが多いことがあげられる。中には樹洞の他に農家の納屋や廃屋をねぐらとして利用するものもあり、その場合は人の目に触れることになる。
その一例として、今回円山のマンションで見つかったヒナコウモリがあげられる。私はヒナコウモリは札幌の町の上空を飛び交っているのではないかと予想している。というのは、さっぽろファクトリーのそばだとか、市街地の駐車場だとかそんなところでも拾われることがあるからである。
また、バットデイテクター(コウモリ探知機=コウモリが発する超音波をキャッチする機械)を使うと、見えないがコウモリが飛翔しているのはよくわかる。これによって、札幌の町のあちこちをコウモリが飛翔しているらしいこともわかってきた。

北海道内では今、コウモリは密かなブームである。
各地の博物館の方々などが、かすみ網による学術捕獲許可を申請し、捕獲調査をおこなっている。ここ5,6年でずいぶんと北海道内のコウモリの分布様式が明らかになってきた。
しかし、生活史についてはまだ不明な点が多い。夏は出産のためにメスが集まりコロニーを作り、お盆明けには分散するということはだいたいわかっているが、冬はどこで冬眠しているのか?といったことは全くわかってない。
今回円山で見つかったコウモリは、分散の途中だったのではないかと考えられる。
札幌市内ではこの30年、コウモリを積極的に調査したという報告がない。そこで私は、この夏まず始めに、札幌市の山際などでの捕獲調査と、古い文献の収集や保護情報の聞き込みをおこなって、札幌市のコウモリ相について調べることにした。
今年の調査では5種の生息を確認した。来年はもう少し市街地の方を調べてみようかと考えている。
同じ空飛ぶ生き物を愛するみなさまからのコウモリ情報をお待ちしている。

北海道大学低温科学研究所
生物多様性グループ 河合久仁子
〒060-0819 北海道札幌市北区北19条西8丁目
TEL(011)706-5499(呼) FAX(011)706-7142
e-mail kkawai@pop.lowtemm.hokudai.ac.jp
支部報「カッコウ」2004年1月号より

写真家の使命と北海道自然雑誌

大橋弘一(野鳥写真家)

プロの野鳥写真家となって早くも5年目。先月、東京書籍から発行した6冊目の拙著「鳥の名前」はお陰様で結構売れているらしい。お買い上げ頂いた皆様にまずは御礼を申し上げたい。

ところで、アマチュア時代から私はずっと野鳥写真家の使命とは何なのだろうと常に自問自答してきた。鳥の気持ちに配慮し細心の注意を払って撮影しても、鳥たちにとって撮られることはきっと迷惑な行為に違いない。大好きな鳥たちにそんな思いをさせてまで撮る写真が本当に価値あるものとなるためには我々カメラマンはどうしたらいいのだろうか。

500種600種の撮影を目指し、珍鳥が出たと聞けば地の果てまでも飛んで行く人がいる。特定の種をとことん追い続け迫力ある生態を記録する人もいる。数多くの種を網羅することが写真家の使命なのだろうか。生態を解明することが写真家の使命なのだろうか。どちらも、有意義なことではあるだろう。しかし、私はそれだけで終わってはならないと思っている。その仕事が適切な形で発表され、その意義が広く世間一般に理解され、結果として被写体となった鳥たちの健全かつ永続的な存続のために還元されなければならないと、私は思うのだ。

作品がいかに多くの人の目に触れ、自然の大切さをいかに多くの人に感じてもらうことができるか。それこそが写真家の使命であり、それができなければいくら迫力ある写真でも鳥や自然に迷惑をかけてまで撮る意義は見出せない。そして写真を撮る行為が巡り巡って生態系の保全に有意義なものとなるためには、優れた作品のための優れた発表の場が必要である。

ところが現実は、優れた発表媒体は極端に乏しい。「自然」はもともと出版物という発表の場の少ないジャンルであり、さらに、未曾有の出版不況と言われる昨今は自然写真に対する逆風はとても強い。売れないだろうという根拠のない理由で価値ある多くの優れた自然写真が日の目を見ないままに埋もれている。この現状を打破し、写真家たちの社会的地位を少しでも高めたいという気持ちから、北海道自然写真雑誌「ファウラ」を創刊した。私の写真事務所「ナチュラリー」の写真家ネットワークを活かし、様々な得意分野を持つ北海道の自然写真家たちが力を合わせて作る季刊誌である。誰にでも気軽に、また継続的に北海道の自然に親しんでもらいたいと考え、高級感ある写真集ではなく、親しみやすい雑誌という形にした。9月の創刊号には「こんな雑誌を待っていた」「志の高い雑誌」「内容・写真・印刷すべてのクオリティーの高さに驚いた」等々たくさんの賛辞が寄せられ、思いのほか大きな反響を戴いた。

「アニマ」も「シンラ」もない今、このような真面目で楽しい自然の雑誌を待ち望んでいた人たちが確かにいる。そんな手応えをとてもうれしく感じるのである。

※「ファウラ」「鳥の名前」のお問い合わせは
ナチュラリー011-261-1658まで

支部報「カッコウ」2003年12月号より

犬山の鳥

京都大学霊長類研究所 上原重男(監修:上原裕世・上原茂世)

早々に水田の畦道でけたたましく鳴くケリに度肝をぬかれ、夜でも騒いだり飛んだりするのには、更にびっくりした。ここはまだけっこう田舎である。

犬山市(愛知県)は、日本唯一の私有物である国宝の城をもつ城下町で、街並みには古い時代を感じさせる趣がある。北側の各務原市(岐阜県)との境界は木曽川で、冬にはカンムリカイツブリやミコアイサ、そのほか多数のカモ類が群がっている。このあたりには人口の割には不釣合いとしか思えない多くの和菓子屋があり、– おっと、美味な栗きんとんの話をする場ではなかった。

私たちの住まいは、演習林の一角に建てられた職員宿舎という名の5階建てのあばら家の3階にある。真夏にはエアコンがなければさすがに生きていられないが、林に囲まれているため、周囲より気温が2〜3度低く、夏でも涼しい風が吹く。とくに蒸し暑い日の夕方には水蒸気がたちこめ、白く幻想的な風景が出現する。窓のすぐ近くまでコナラやアベマキが太い枝を伸ばしており、木々の間を飛ぶカラ類やメジロ、コゲラなどの背中を見ることもできる。ベランダの洗濯物の中にはアブラゼミやカメムシが紛れ込む。北側に農業用水のため池が2つあるため、いろいろな野山の鳥と水辺の鳥に出会える。キジの姿を眺めながら朝食をとったり、カイツブリの鳴き声を聞きながらそろそろ寝るか、という夜もあった。ただし、梅雨時から夏場は高湿度のために屋内は悲惨な状態で、箪笥に吸湿剤と防虫剤を入れ忘れると大変なことになる。冬も悲惨で、断熱材とは無縁の壁を通して関ヶ原を吹きぬけてきた冷気が侵入するので、北側の内壁は結露し、室内はなまら寒くなる。さらに春から秋まではムカデがやたらと多い。この間は大発生し、部屋の中だけで1日に20匹退治した。そういうのがなければ、よい住環境なのだが。

当初は札幌とは季節が逆の鳥が多く戸惑った。たとえばハクセキレイ、モズ、アオジなどは冬に見られる。西岡水源池からの使者のようで懐かしい。カワセミやケリ、キジ、キジバト、オオタカは一年中見られる。冬には、ジョウビタキ、シロハラ、ルリビタキなど。シロハラは冬中、家の周りの落ち葉をガサゴソとかき回していて、1メートルくらいに近づくと慌てて逃げ出す。この春にはノゴマを見て感激した。北海道に渡るのだろうなぁ…。

ため池ではカイツブリが今年は無事繁殖した。成鳥2羽と幼鳥3羽を秋のある日に同時に観察したので、まず間違いない。同じ日にカワセミの親子らしい2羽連れも見た。カワセミがコンクリートの平面にべたっと座るようにとまると、長いドレスを引きずっているようで、いかに不恰好なものか。笑ってしまった。

池の周囲では釣り人をよく見かける。それにしても、なぜ釣り人にはゴミを残して平然としていられる人が多いのだろうか。切れた釣り糸をそのまま放置するだけではなく、空き缶やペットボトル、コンビニ弁当のかすなどなど、わざわざ捨てに来ているとしか思えないほどだ。この次もまた釣りにくる気があるのだろうから、ごみの中で釣りをすることが彼らには苦痛ではないのだろう。そういえば山菜取りにも似たことをする人が多いような気がする。まるで自然から持ち出すバイオマスに見合ったごみを残して帰らなければいけないと振る舞っているかのようで、この上なくたちが悪い。

だが、今年は釣り人が減ったようだ。昨年12月に犬山市の音頭で有志が集まり、ふたつの池から水を完全にかい出して外来魚を駆除し、ブラックバスがいなくなったせいだろう。この魚が増えるとカイツブリが住めなくなるという話を読んだことがあるの、久しぶりの今年の繁殖成功も関係があるのかもしれない。ついでに大量のごみをさらったので、少しは景色がきれいになった。さいわいなことに、その後のごみの増え方はまだそれほどではない。もうすぐカモたちが、冬越しのためにここにも沢山やってくるはずである。

支部報「カッコウ」2003年11月号より

渡り鳥の行方

札幌支部副支部長 猿子正彦

先日、久しぶりにウトナイ湖に行ってきました。湖畔には20羽ほどのオオハクチョウ、コハクチョウにマガンとヒシクイが2羽ずつおりました。そのヒシクイの首には「68C」と刻印された赤い首輪が装着されていた。これは、どうやらロシアで標識された個体のようである。

・北海道の夏鳥たちはどこにいるのか

ここで手元にある標識調査資料から北海道内で標識された鳥たちが冬は、どこに行って越冬しているかを調べてみた。

北海道で標識放鳥され海外で見つかったものと海外で標識放鳥されて北海道で見つかったものと2種類のデータを抜き出してみた。

初めが標識された場所、矢印の次が回収された場所と種名(カッコ書き)です。

  1. 北海道小樽市⇒ベトナム国タイニン州カツーム(ショウドウツバメ)
  2. 北海道石狩市⇒ベトナム国タイニン州(ショウドウツバメ)
  3. 北海道稚内市⇒オーストラリア国ビクトリア州南部(ミユビシギ)
  4. 北海道根室市⇒オーストラリア国ウェスタンオーストラリア州(トウネン)
  5. 北海道苫小牧市⇒フィリピン国ルソン島(アカハラ)
  6. 北海道根室市⇒フィリピン国ルソン島(アカハラ)
  7. 北海道音威子村⇒台湾(アカハラ)
  8. 北海道苫小牧市⇒フィリピン国ガガヤン県ガタラン(ノゴマ)
  9. 北海道足寄町⇒中華人民共和国海南省海口市(クロツグミ)
  10. 香港カデューリエファーム⇒北海道釧路市(センダイムシクイ)
  11. オーストラリア国ウェスタンオーストラリア州⇒北海道紋別市(オオソリハシシギ)

ここで私が特に知りたいのが北海道で繁殖した夏鳥の越冬地です。

ショウドウツバメは2000年と2001年に続けて、ベトナム国の首都ホーチミン市から北西に90キロほどのところで、ほぼ同じ地点からの回収が報告され、新聞にも取り上げられて、ご存知のかたも多いと思います。

日本に来るシギやチドリも冬は大半がオーストラリアに行っているのが分かります。

トウネンは全長15センチとほぼスズメくらいのサイズの鳥ですが小さくても、ここから直線で8000キロの彼方まで飛んでいくのだからすごい飛行能力ですね。

また、アカハラは、どうもフィリピンの島々が越冬地のようですが、データ数も少なく断定できるほどではありません。
また、最近ではDNA解析といいまして、遺伝子の型が判明すれば、どの辺に生息していた個体なのかも分かる時代になってきました。

これからも、この越冬地の謎も解明される時がくるでしょう。

支部報「カッコウ」2003年10月号より

夢は果てなく(学校ビオトープに寄せて)

土屋 尚

最近になって、僕の仕事に関係して、学校ビオトープに関する相談が届いている。ビオトープとは「生物の生息空間」というような意味。小さな池を中心に雑草園のような空間を設けて、なるべく多様な動植物が生息する場にしようというものだ。学校ビオトープは、このビオトープを学校敷地内に設け、学びや遊びに活用してもらうのである。

札幌市では、04年度までに各区の小学校から一校、計10校の学校ビオトープ整備が計画され、いくつかは既に実現している。まだ検討中の学校もあり、そんな相談が届いているわけだ。04年度以降も、さらに多くの学校ビオトープがつくられるに違いない。

相談に行ってみると、地域の重要性を痛感させられることが多い。生態的に安定した空間を考えるなら、少なくとも数十年は視野に置きたいから、今の学校にいる子供や先生より、地域の将来を考えたくなるのだ。ビオトープの目標となる自然の姿を検討するためにも、古老の話しなど、地域情報は重要である。ところが、急速な発展を続けている札幌市では、そんな期待に応えられる地域がどのくらいあるのか、あまり自信が持てない。

準備や計画が済めば、池を掘ったり、細かな造成の作業。労力は大変でも、これは「お祭り騒ぎ」という感じ。予算次第というところか。問題は、造成後に再びやってくる。順調に動植物が生息しはじめてくれるか、帰化植物が侵入したりして目指すような系とかけ離れていかないか。予想どおりじゃなくても多少は仕方ないけれど、メダカを「飼いたい」とか、家の金魚やカメを放すとか、それが駄目であることを子供たちに説明するのは相当に難しい。そもそも、先生や地域の人々だって、理解してもらえるか疑問だ。

いつか気付いたときには、ただの箱庭のようなものになりゃしないか。そんな不安を感じながらも、関わらせてもらっている。それは、ちょっと遠大な、夢があるから。

学校ビオトープは、まだはじまったばかりで、今のところ各区に一校しかない。多少の地域性は反映されたとしても、札幌市内なら、ほとんど似たような動植物で構成された空間を目指すことになると思う。もちろん、それはそれで、悪くない。でも、もし、もっと多くのビオトープがあり、ビオトープ間が少しは連続するようになっていたら、どうだろう。例えば、厚別川くらいの流域内なら、上下流のビオトープで別の動植物群集を目指す方が良いはずだ。各校のビオトープの中核にある水辺だって、貧栄養や富栄養、流水や止水など、いろいろ工夫しなければならない。そして、そんな多くのビオトープが連動することが、結果的に広域的な地域生態系の保全にも効果を発揮するかも知れない。

ネットワークしている自然。大きなネットワークの中にある、目の前の小さな水辺の位置付け。そういう「つながり」の意識が、自然だけではなく、隣接地域の人々や生活の意識にもなれば、…。

夢は果てないのである。

支部報「カッコウ」2003年8・9月号より

和白干潟の環境保全活動

和白干潟を守る会 代表 山本廣子

野鳥の会札幌の皆様、初めまして!
私は、野鳥の会福岡支部会員で、定例の和白海岸探鳥会のリ-ダ-をしています。福岡から札幌へ移られた中村玄恵さんの紹介で、私が取り組んでいる和白干潟のお話しをさせていただきます。

私のふるさとは博多湾・和白干潟のすぐそばです。子供の頃は和白干潟で泳いで過ごしました。現在では福岡市の都市化が進んで人口が増え、生活排水を博多湾に流したので海水が汚れました。
干潟や浅海域に住んでいる貝やカニ・ゴカイ・魚・水鳥たち(人間も)の働き(食物連鎖)によって海水を浄化していたのですが、最近50年ほどの間に博多湾の干潟や浅海域はほとんど埋め立てられてしまいました。

和白干潟はそんな博多湾に奇跡的に残った干潟です。しかし博多湾の汚れた海水を和白干潟だけではきれいにすることができません。和白干潟自体も汚れて、ヘドロ化が進んできました。しかし和白干潟にはまだまだたくさんの生き物たちが生活しています。地球規模で渡りをする水鳥たちもやってきます。博多湾の東奥部にある和白干潟(約80ha)と和白海域(約300ha)は、東アジアの水鳥の渡りのルート、交差点にあたる国際的に重要な湿地です。水鳥たちの中継地や越冬地として有名です。

1978年改訂の博多港港湾計画では和白海域は全面埋め立てることになっていました。私のふるさとの海が無くなることがとても残念で、私は1987年6月に和白干潟保全の請願書を約300名の署名を添えて福岡市議会に提出しました。そして翌年の1988年に「和白干潟を守る会」を呼びかけ、和白干潟の保全活動を始めました。地元からの埋め立て反対の声や、環境庁や福岡県知事の意見書などにより、和白海域は残されることになりました。しかし1989年に和白干潟は残して沖合を410ha埋め立てる人工島構想ができました。この人工島計画に対して、私たちは和白干潟保全の立場から見直しを訴えてきました。人工島計画見直しの署名を12万人分集め、1992年3月に福岡市議・県議会・国会へ提出し、環境庁への陳情なども行いました。人工島計画は残念ながら見直されることなく、1994年7月に着工されました。

着工後9年近くなり、人工島が姿をあらわしてきました。そこの浅海域に生息していた生物が生きる場を失ったのはもちろん、沖合でふたをされたようになった和白海域では、潮流の変化や水質の悪化が原因と思われるアナアオサの大量発生や干潟のヘドロ化、渡り鳥の減少などの影響がおきています。私たちはあきらめることなく和白干潟保全の活動を続けています。博多湾・和白干潟が湿地を保全する国際条約「ラムサール条約」の登録湿地となり保全されるように願っています。

和白干潟を守る会では大切な和白干潟の自然を未来の子供達に残すために次のような活動を行っています。

  1. 自然観察会・自然観察指導員講習会・和白干潟まつりの開催
  2. クリーン作戦・水質調査・鳥類調査・生物調査
  3. 和白干潟通信やパンフレット・写真集などの発行・ホームページでの広報
  4. 定例会議の開催・シンポジウムの開催など
私たちは地道な環境保全活動を通して、博多湾・和白干潟の自然の大切さを多くの方
に伝えたいと思っています。また和白干潟の保全活動を通して、地球規模の環境保全
活動を進めたいと願っています。

〒811-0202 福岡市東区和白1-14-37
TEL/FAX 092-606-0012 山本廣子
E-mail:miyakodori@aries.bekkoame.ne.jp
和白干潟を守る会ホームページ:
http://www.bekkoame.ne.jp/~miyakodori/
支部報「カッコウ」2003年7月号より

豊平川散歩

村山 実

原稿の依頼を受け、慌てて先月号の「鳥参上」を読み返し「オヤ?マア!」豊平川流域のお隣さんだと思い「何てたってリレーエッセイだから」と自分に言い聞かせて、もう一度豊平川を書かせてもらうことにした。

札幌豊平川北13条大橋の近く、100M位の所に住んでいるので何かにつけて豊平川に行きます。
春-河畔林が少しずつ明るくなり一気に芽吹き目の覚めるような新緑、夏-空を茜色に染め手稲山に沈む夕日、秋-堤防のコンクリートの階段で酒とつまみを広げての十五夜のお月見(堤防が市街地の明かりを少し遮ってくれる)冬は雪に覆われた堤防に長靴で登り白い手稲、神威、藻岩、恵庭の山々、黒く蛇行する豊平川。 堤防に立つと目線が変わるのか見慣れた普通の景色が小さな感動を与えてくれます。

去年の三月末、河川敷に雪が残る北13条大橋付近対岸の河畔林の際にカモメのようでカモメでない「いやに白い鴨がいるなあ…」と遠くを何気なく見ていると流れに沿ってだんだん近づいて来ました。見慣れない鴨で、ビックリ!1羽は胸から下が白く、もう1羽は茶髪のボサボサ頭、流れが蛇行し目前の流れの早い所を「白」は難なく下り暖やかな所でくるくる回り時々頭を水中に入れ魚を探すように泳いでいました。

「茶髪」は急流が怖いのか流れに乗れず足踏みの状態。白は「ナニヤッテンダヨー、ハヤクオイデヨー」と遊びながら待っている様子。茶髪は「コワイヨー、マッテテヨー」と言っている様でした。時間的には足踏みしていたのは数秒で急流を下り、また遊びながら下流へ遠ざかって行きました。

この様子を目の前で見てほほえましく(勝手に想像)珍しい鳥を見た驚きで、すぐ家に帰り図鑑で「白」と「茶髪」より、カワアイサ(川秋沙)-秋の早くに渡って来る鳥、と書かれており豊平川に「鳥参上」でした。それ以後会っていないが、その時のことはしっかり記憶に残っています。

豊平川を散歩して、翼の鮮やかな黄色を見せてくれるカワラヒワ、コンクリートの護岸を下半身を上下に揺すって歩くセキレイ、そしてイソシギもお尻を振り素早く歩き回り、河川敷では空に、草原に賑やかなヒバリ。数年前までは対岸の枯木に止まり信号機の音声と間違うばかりの澄んだ声を聞かせてくれたカッコウ、今では雁木の野鳥の森に行かなければ聞けなくなりました。

自転車のかごにビールと双眼鏡を入れて北十三条から雁木の森まで、のんびりサイクリング。森に向かうベンチで目と耳を澄ませます。散歩しながら鳥たちに「オーイ!元気?」と声をかけても鳥たちは「だんだん住みにくくなったよ」と言っているようです。

見慣れた鳥でも日常の景色にもその時々、季節によって変化を見せてくれる豊平川。身近にある小さな感動を味わっています。

支部報「カッコウ」2003年6月号より

豊平川の野鳥

戸津 高保

私は、ミュンヘン大橋からJR苗穂鉄橋までの札幌市中心部を流れる豊平川で、毎月 2回バ-ドウォッチングをして楽しんでいます。自転車で豊平川右岸のサイクリング ロ-ドを走り、ここで観察した鳥を記録しています。現在、この観察を始めて14年目にはいりました。

平成2年6月に、このウォッチングを始めたのですが、以前は札幌市内においてあまり見られなかったと思われるマガモが、この豊平川で一年中見られるようになった事や、夏鳥であるムクドリ・ハクセキレイ・カワラヒワの一部が札幌市内で越冬するようになった事が私の観察記録から言えるなど、私なりの新しい発見や野鳥の生活の変化等、考えさせられる問題が次々と出てきて、現在もこの観察を継続中です。

特別めずらしい鳥が現れる場所ではないのですが、春にはヒバリ・イソシギ・イワツバメ・アオジなどが、元気な姿を川原に見せてくれます。イワツバメは以前よりかなり数が減った感じですが、毎年、南大橋の橋げたに巣づくりをし、子育てをします。イソシギは豊平川に来るとにぎやかに鳴きながら追いかけあって水面を飛び回ります。繁殖期の行動ですね。

冬にはカワアイサがこの区域の豊平川に出現します。私がこの観察を始めるまで、ここでカワアイサが見られるとは思ってもいませんでした。同じく冬にはツグミ・シロカモメ・ホオジロガモなどが時々姿を見せます。また、春と秋の渡りの時期にはコヨシキリ・メボソムシクイ・ベニマシコなどが、この豊平川を通過して行きます。オジロワシも毎年2月頃、この区域に出現します。

海鳥であるウミネコは平成2年から夏にこの区域に現れているのですが、最近、特徴的なのはオオセグロカモメです。平成7年に初めてここで記録されたオオセグロカモメが、その後だんだん出現数が増えてきて、平成12年からは1年中相当数が、私の観察している豊平川に姿を見せるようになりました。サケの卵・稚魚やホッチャレ、そして豊平川に多く見られるウグイやフクドジョウを食べに来るのでしょうか。先日ある勉強会で、札幌支部の足立さんのオオセグロカモメに関する話しを聞く機会がありました。オオセグロカモメが平成13年に札幌市内(中央区のビル屋上)で繁殖した事が確認され、平成14年には繁殖数が増えているという話しでした。私の観察記録からもその事が納得出来る感じがして、大変興味を持ちました。平成14年の8月末に幌平橋付近で、オオセグロカモメの幼鳥を数羽観察しました。これは札幌生まれの個体なのかな?と思ったりしました。海鳥であるオオセグロカモメが、なぜ札幌市内で繁殖するようになったのか、また今後どうなっていくのかは、面白い問題です。私の豊平川ウォッチングは、当分続くことになりそうです。

 

支部報「カッコウ」2003年5月号より