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Sapporo Chapter of Wild Bird Society of Japan

厳冬期に出現する虫たち

問田 高宏

冬は昆虫の眠る季節だと一般に思われていますが、ところがどっこい、北海道の寒い季節でも平気で飛んだり歩いたりする虫たちがいるのです。特に厳寒期の雪上の昆虫は、羽を持たず歩き回るクモガタガガンボやクロカワゲラという名の虫などがいて、皆さんも林の中などを散歩するときに、雪の上を注意しながら歩いていると、見つけることができます。ユキムシ、という言葉は、トドノネオオワタムシという、アブラムシの一種をさすことが多いですが、雪上の虫たちをさして言うこともあるようです。

雪上の虫は、雪の降る前から雪のちらつく時期まで、ハエ目を中心に多種多様な虫たちがいますが、11月末から羽のある、か弱そうなガガンボダマシというムシが出てきます。体長2センチくらい。夏に出るガガンボというムシをか弱くした感じの虫です。晴れた少し暖かい日に飛び、寒いと雪の上に沢山止まっているのを見かけます。これは春の雪解け頃にも見かけます。

カブトムシに近い仲間では、ハネカクシの仲間、体長1センチ以下の虫が多いのですが、初冬から冬中ずっと地表で活動しているものもいるそうです。

12月になると、ニッポンクモガタガガンボとチビクモガタガガンボが成虫になり、雪の上へ出てきます。ニッポンクモガタガガンボのほうが大きく、体長15〜10mmくらい。形はクモそっくりですが足は6本で、色は最初は肌色に近いのですが、羽化して日数がたつにつれ、色が茶色くなります。動きは、羽のないガガンボがてくてく歩いている感じです。クモの仲間にも同じような動きをするものもいて、とても紛らわしいです。皆さん大抵は、クモと聞いただけで背筋がザワッとする人が多いと思いますが、このガガンボは少しユーモラスな感じがすると思います。

このニッポンクモガタガガンボは12月に成虫になるので、12月に数が多いのですが、この虫の活動出来る温度範囲が極めて限られていて、+0.5〜−5.5℃の間でしか動けません。このため12月でも日光がカンカン照りの暖かいスキー日和の日は、この虫にとっては生死のハザマを行き来する苛酷な日となります。暖かいだけでも死んでしまいます。寒ければ寒いで凍えて死んでしまうのです。こんな日には、活動に適さない温度の時は、雪の中あるいは雪の下は大体0度付近かそれよりいくらか下の温度なので、クモガタガガンボは木の周りに出来た雪の隙間に隠れて過ごしているらしいです。

この虫に会いに行くには、12月後半の曇った寒い日が狙い目で、林の中なら、ほとんどどこででも、活動適温のときに、注意深く探せば見つけることができます。河川敷などにもいますし、北大構内の北大原生林などのちょっとした林にもいるそうです。藻岩山でも、西岡水源池の奥のほうでも、真駒内駅の裏山でもみることができます。

皆さんも、野鳥観察の際には、ちょっと足をとめて、足元の雪の上を観察してみてはいかがでしょうか。

支部報「カッコウ」2008年12月号より

「バンダーは、楽し?」

鳥類標識調査員  辻 幸治

思い起こしますと、根室の風連湖で行われた鳥類標識調査員(バンダー)の資格講習会に参加しましたのが1992年の9月、早いものであれから16年、その時の講習会で一緒に合格した8名の中には、札幌支部の武本さん、羽幌の有田さん、旭川の磯さん、利尻の小杉さんなど錚々たる方々がいらっしゃいました。またバンダー仲間は、札幌支部会員の中にも多くの方がおられ、今も親交を深めています。

皆さんご存知のように鳥類標識調査(バンディング)は、標識調査の資格を持つバンダーが環境省の許可をうけ、カスミ網などで捕らえた野鳥一羽一羽に個体識別のできる標識(足環や首環など)をつけ放鳥し、その後の観察や回収によって、鳥の渡りのルートや利用する場所、寿命や繁殖開始年齢等を解明して、野鳥の生態研究に役立てようというわけです。

私は、年間調査目標日数を60日間とかかげ、主に春には焼尻島で春の渡り鳥、秋にはウトナイ湖で秋の渡り鳥調査を実施していますが、これはバンダーになってから16年間変わっておらず、16年間の放鳥数は延べ37,000羽、110種類を数えました。

春の焼尻島調査は、ゴールデンウィークの頃から出かけますが、焼尻はその時期、非常におもしろく、一日で島の鳥相が変わることがあり、朝いきなり島中がルリビタキだらけになったり、マヒワだらけになったりします。また珍鳥がよく放鳥され、シロハラホオジロ、カラアカハラ、カラフトムシクイ等は毎年のように、キマユホオジロ、オガワコマドリ、コホオアカ、チョウセンウグイス、シマゴマ、ノジコ、ミゾゴイなども放鳥され、日本標識初記録となったハシグロヒタキは、印象深い思い出です。

ウトナイ湖では、夏の終わり頃からオオジシギをメインに、10月中旬頃まではノゴマを中心に調査を行い、珍鳥としては、アカマシコ、ムジセッカなどがあげられるでしょうか。

ウトナイでのホロ苦い思い出をお話しますと、夜明けとともにバンディングの最中、なぜか湖畔に近づく一台のパトカー。そしてこちらに向かってやって来る警察官、私の元にたどり着いた警察官は、「密猟者がいるという通報を受けて来ましたが、ここで何をしていますか?」と職務質問。かくかくしかじかでバンディングを説明し、「大変なお仕事ですね」と言うので、これはボランティアでやっていて、一銭の報酬も貰っていないと答えると、向こうは笑顔で納得。納得のいかないのはこちらで、どうやら私を密猟者扱いしたと思われる奴らは、そばでキャンプをしていた若造3人組で、その後ちょっとしぼりあげてやりました。

もちろん楽しいことも多々あり、ウトナイの網場には夜明け前から入りますので、日高の山からの美しい日の出や、ガン達の出入等、季節の移ろいを独り占めで楽しむことができます。

個人的な調査の他にも、宮島沼では、ロケットネットを使ったマガンの捕獲調査にも参加。これは、17メートル四方のネットをロケットで打ち込むという方法で、一度に50羽ほどのマガンを捕獲後、首にもカラーリングを取り付け放鳥しました。他にタンチョウ調査、道東の大黒島やユルリ島の調査、鳥島のアホウドリ調査等、機会を見つけては参加しています。

この11月号の会報が出来上がる頃には、福井県越前町の織田山一級ステーションにて、標識調査のお手伝い中と思われます。

支部報「カッコウ」2008年11月号より

自然ふれあい交流館事件簿

北海道立野幌森林公園 自然ふれあい交流館 普及啓発員 扇谷真知子
(財団法人北海道開拓の村主事)

北海道立野幌森林公園の大沢口にあるビジターセンター、自然ふれあい交流館をご存知でしょうか。道立のビジターセンターでありましたが、平成19年度より指定管理者制度導入によって(財)北海道開拓の村(野外博物館北海道開拓の村を管理運営しています)が管理運営をする事になりました。財団の職員であり文系の私が交流館で仕事をするようになり一年と半年が過ぎようとしています。

私の趣味は登山でしたが、山頂に登った時の開放感に浸りながらきれいな景色を眺めることを一番の目的としていたので植物についてはほとんど知識がありませんでした。でも山間に咲く花を見かけるうちに名前を知りたいと思い、高山植物の図鑑を買って勉強したものの、ごく一部の植物の名前くらいしか覚えられず、ましてや樹木はさっぱり分からないまま。

そんな私が野幌森林公園で働き始めたのですから、最初は分からないことだらけの毎日。野幌は平地林なので、山では見かけない花が多く、私のわずかな知識はまったくといって役にたたず…。また野幌を利用される方は毎日のように歩かれていて野幌に詳しい方が多い。経験の無い私では質問に太刀打ちできず、申し訳なさと情けない気持ちになることもありましたが、その悔しい気持ちが頑張りの原動力にもなりました。ただ、私がなんとか続けてこられたのも、自然についての知識や経験が豊富なHさんが職場にいてくれたからです。基本からひとつひとつ丁寧に説明してくれ、時には宮島沼のマガンの飛び立ちを見に連れ出してくれたり、自然に携わる方たちとの出会いの場を設けてくれたりとサポートがあったからこそ。また、自分自身野幌の四季を体験できたことも大きく、自然を流れで捉えることが出来るようになったかも?と勝手に思う今日この頃ですが…。

自然ふれあい交流館はこの森のビジターセンターですので様々な役割があります。来館者とのふれあいはもちろん、公園を利用するに当たってのマナーの普及、観察会や工作コーナーにそれにかかわる準備や後片付けなど仕事の内容は多岐にわたります。そして、事件?もたまには起こります。不法投棄でソファーが捨てられたり、遭難騒動があったり穏やかでないこともあります。

そんな事件簿の中から一つを取り上げてみたいと思います。

最近で記憶に新しいのは「人糞事件」です。名前だけ聞けばただならぬ気配ですが…。ある日来館者から「大沢口で人糞のような臭いがする!」という情報が寄せられました。本当に「人糞」で無いことを祈りながら現場の確認に向かい、強烈な臭いを辿って発見したものは尋常でない量の「それ」でした。しかしよくよく観察したところ草のようなものが多く含まれていて、量が量だけに落し主は何と!馬であると断定。「馬糞」だったのです。撤去の際の強烈な臭いと共に私の記憶にしっかりと刻まれた出来事でした。

なぜ馬糞が…。「馬のトレッキング」「ペット犬ならぬペット馬!」「マイカー代わりに馬で公園にやってくるセレブな人」…と色々憶測は頭の中をめぐりました。しかしだれの「糞」で、なぜ放置されていたかは分かりませんが、飼い主がきちんと始末することは当然のマナーだと思います。今後もこのような事が無いようマナー等の普及により一層努めなければとも改めて思った出来事でした。

最後になりますが、野幌森林公園ではバードウォッチングをされる方も多く、野鳥についての質問も多いです。私の今年の目標は野鳥についてもっと学ぶ!であったのですが、なかなか進んでいません…。日々勉強の毎日は続く…。

支部報「カッコウ」2008年10月号より

ハヤブサとハト

室蘭在住 熊谷 勝

人にはそれぞれに好きな食べ物があるように、鳥類を主な餌としている猛禽のハヤブサにも好物としている獲物がいる。ハトである。ハヤブサは海岸線の切り立った断崖の上から、じっと逃げ場のない遙か沖の上空を飛翔する獲物を狙うのだが、カモメやカモなどの姿を見付けても、よほど空腹でもない限り飛び立っては行かない。しかし、ハトを見付けた時には、いつも血相を変えて慌ただしく一直線に追撃して行く。それにはいくつかの理由があるからだ。

まずその一つに、まだ私は食べたことがないのだが、ハトの肉がとても美味しいことが上げられる。一般に動物は肉食や雑食性のものより草食性のものの方が、癖がなく美味しい。実はハトは鳥類ではめずらしく、一年を通して植物質の餌しか食べない鳥である。普通、スズメのように秋から冬にかけての植物の種子を主な餌としている鳥たちでも、春から夏にかけての子育ての時期には栄養価の高い昆虫類を盛んに食べ、ヒナにも与えるのだが、ハト類は繁殖期でも昆虫類は一切食べず、ヒナにも与えない。こんな話がある。昔、歌手のアグネス・チャンが香港から初めて日本にやって来た時、東京駅前でたくさんのハトの群を見た。そして、こう思ったそうだ。「美味しそう。何で日本人はこんなにいるハトを食べないんだろう。」と。確かに中国やフランスでは、ハトは一般的な食材となっており、食用に飼育されている。きっとハヤブサも人間同様、美味しいものには目がないのだろう。次にハヤブサがハトを好む理由が、ハトの大きさである。カモメやカモなどの大型の獲物は捕らえやすい反面、体が大きいためナワバリ内の断崖まで上空でつかんだまま持ち帰るのは大変である。かといって、スズメなど小さな鳥は、すばしっこく捕まえづらい。それに、頭や羽毛を取り除くと食べられる部分はほんのわずかで、広い海上を忙しく飛び回って捕まえた割には効率が悪い。その点、ハトは大きさの割に肉付きがよく、ちょうどいい大きさなのである。

最後の大きな理由はハヤブサにとって捕まえやすいということである。ハヤブサは、他のタカ類と違い、森や林など込み入った場所での狩りはおこなわず、障害物のない広い空間で、時速300キロのスピードにものをいわせて獲物を捕らえる。このため、獲物となる鳥が茂みや木立の中へと入ってしまうと、障害物を恐れ、すぐに狩りをあきらめてしまう。しかし、一般的なハトは本来、海岸線の断崖に生息していたため、あまり林の木々の中に入り込む習性がない。それに昔から伝書バトとして使われるほど飛翔力があるため、外敵に襲われると飛んで逃げ延びようとする習性がある。だが、さすがにハヤブサの飛翔スピードにはかなわない。これらのことが、ハヤブサが好んでハトを捕らえる理由である。最近、私はハトを見ると美味しそうに見えてきてしまい、困っている。

支部報「カッコウ」2008年8、9月号より

白黒カラスの思い出

富沢 昌章

北海道に生息しているカラスと言えば、皆さんおなじみのハシブトガラスとハシボソガラスがいます。ところが、南西部では別のカラスが見られるようになりました。私がそのカラスを見たのは道南の江差町に住み始めて3年目の冬でした。海鳥を見に江差港に出かけ、ふと見たカラスがハシブトガラスでもハシボソガラスでもないのです。ミヤマガラスだったのです。図鑑によればミヤマガラスは九州に飛来する冬鳥で、私もわざわざ鹿児島県出水まで鳥見行に出かけ、マナヅル、ナベヅルとともにミヤマガラスを見て大喜びしたものでした。道南では近年冬には毎年飛来していることを鳥仲間に聞いて私ははじめて知りました。江差だけではなく函館近郊に出かけても大沼に出かけてもミヤマガラスは100羽ほどの群れで見られるのです。

北へ渡っていく直前の3月には200羽を越える群れになり、田植え前の田んぼで餌を探していました。警戒してかすぐに飛び上がっては移動してしまい、ゆっくりと観察できません。何度も場所を移動しながら観察を続けているときにその群れの中に白黒カラスを発見したのです。あれ?と思ったのもつかの間、また群れは飛び上がって移動してしまいました。何とか追いついて必死の思いで撮影したのがこの写真です。ミヤマガラスの群れの中に1羽のコクマルガラスがいたのです。その後も毎年冬にはミヤマガラスは群れで見ることができましたが、コクマルガラスはたまに数羽しか見ることができていませでした。私は今年4月に浦河町に引越ししたため、ミヤマガラスもコクマルガラスも見ることはできませんが、この写真の白黒ガラスとの追いかけっこは良い思い出となっています。

コクマルガラス

支部報「カッコウ」2008年7月号より

武蔵丘陵森林公園と私たちの会の活動について

谷津弘子 (NPO法人武蔵丘陵森林公園の自然を考える会)

6年程前から自然観察のために札幌を訪れる様になり、野幌の森林公園で野鳥や野草を観察したり、札幌支部の探鳥会に参加させて頂いたりしております。

北海道の自然は、やはり本州と比べると雄大そのもので素晴らしくとても勉強になります。

さて、私が活動しております国営武蔵丘陵森林公園を紹介させて頂きます。東京都内から電車で約1時間、埼玉県の比企丘陵に位置する国土交通省が管理運営する国営の都市公園です。

5月、武蔵丘陵森林公園は一年で一番輝くときを迎えました。

木々が柔らかな黄緑色から濃い緑に姿を変え、サクラやヤマツツジのピンクの花からカマツカやガマズミの白い花へと変わります。

アカマツ林ではハルゼミの鳴き声が響き、コナラの雑木林では子育てに忙しいエナガやシジュウカラが忙しく飛び交います。

近年都市周辺では少なくなってしまったキンラン、ギンランの花が咲き始めます。野草を盗掘からから守るために毎年ゴルデンウイークの連休には会のメンバーがパトロールをします。

公園では盗掘が年々減り、最近ではキンランなどの野草も増えて、野草観察を楽しんで頂けるようになりました。

私がこの公園を訪れるようになったのはもう20年以上も前にもなります。高野ツヤ子さん(故高野伸二先生夫人)との出会いがきっかけでした。その頃の公園は都市公園とはいえ自然環境が豊かに残され四季折々の野鳥や昆虫、野草が訪れる人の心を引きつける魅力的な公園でした。

春、スミレやアマナが咲く頃、水がまだ冷たい小さな水の流れに、トウキョウサンショウウオはドーナツ状の形をした卵のうを産卵します。

高野さんとのお話がきっかけとなり繰り返し公園に自然観察に出かけるようになりトウキョウサンショウウオの卵のうを見つけその生態を観察するようになりました。そんな時トウキョウサンショウウオの生息地では低木の伐採や草刈による環境の悪化が進みました。

1992年秋、私たちは保護のための活動を始め私たちの会を立上げました。故金井郁夫先生の助言や日本野鳥の会本部の協力を得てトウキョウサンショウウオの生息地を保全するために林地での草刈方法や落ち葉の確保などについて公園に提言を行いました。生息地の保全のために、公園からいろいろな対策を講じて頂けるようになり、今では毎年春になるとトウキョウサンショウウオの産卵が無事に行われるようになっております。

また他にも、近年東京近郊では減少してしまったクツワムシや国蝶オオムラサキの生息環境の調査をもとに公園と対話を重ね、園内の下草の刈り方を工夫するなど管理の仕方を改めるようにして頂いたことで、この15年間に多くの動植物の生息環境に改善が見られるようになりました。

私たちの会では、公園が主催する自然観察会に参加して生物について解説したり運営に協力する他、会独自の自然観察会を毎月開催し、多くの方々に公園の自然とのふれあいを通じて自然のすばらしさ、大切さを知って頂くように努めております。

これからも時々札幌には出かけてきて、各地の探鳥会にも参加させて頂き、いろいろと学んで会の自然環境保全活動に活かすように努 めて参りたいと考えております。

支部報「カッコウ」2008年6月号より

ロシアのハクチョウ 食卓からはばたくまで

垣内 あと (ロシア語・ウクライナ語通訳・翻訳)

3年ほど前、ロシアからの親善団体に同行して、ウトナイ湖を見学したときのこと。3月の初めで、かのマガンの姿はなく、ハクチョウとオナガガモが迎えてくれた。

ご存知の通り、そこでは水鳥に餌をやることができる。客人たちもうれしそう。皆で写真を撮りあいながら餌を撒いていると、一人の女性が何気なく聞いてくる。

「面白いけど、カモにも餌をやるの、変な感じよね。」

真意を聞くと、ハクチョウに餌をやるのはわかる。が、カモはあくまでも食べるもの。見かければ撃つものだから、餌をやるのが変に見えてしかたがないという。

この話をすぐロシア人全体に敷衍することはできないが、日本人には決してない発想で面白かった。

ニワトリすら自分で処理することがなくなった日本人とちがい、一部のロシアの人々の目には、食用の動物は生きているうちでも「食べ物」に見えているのだろうか。

一方、現代では誰の目にも「食べ物」と映らないハクチョウも、古代ロシア(ルーシ)では食べられていた。ロシアの古典である『イーゴリ軍記』には、ハクチョウやツルを食べていたというくだりが出てくる。12世紀の『富める者と貧しき者について』では、富者の食卓にガン、ハクチョウ、ツル、エゾライチョウ、ハトなどが上っていたという。

その後、ハクチョウはどのように食用動物の隊列から姿を消すのか。

10世紀、ルーシがキリスト教を受け入れてから、その影響が食生活にも及び始める。敬虔な信者は不殺生の教えを文字通りに解釈し、自ら肉食を制限した。鳥類では、ハトは神の使いとされ、番のハクチョウは人間の夫婦を連想させたため、それらを狩ることはタブー視されるようになる(民族と文化叢書『ロシア人』)。

にもかかわらず、近代までハクチョウは食べられていた。1553年、英国の旅行家リチャード=チャンセラーがロシアを訪れ、イワン雷帝に拝謁している。このときふるまわれた食事にも、ハクチョウが登場する。王様の食卓を飾る、まさに高級料理だったのである。現在でもモスクワ旧市街には白鳥横丁なる名前の通りがあるが、これは皇室献上用のハクチョウの飼育池があった名残である。

味はどうだったのだろうか。チャンセラーは語っていない。皇帝の面前で、味どころではなかったのかもしれない。

18世紀以後になると、肉料理ではウシやガチョウが喜ばれ、大型の野鳥が食卓に上ることは少なくなる。ハクチョウもこのころやっと肉料理のメニューから姿を消したらしい。以後、バレエの話を持ち出すまでもなく、もっぱら芸術や愛玩の対象となる。

翻って、古代の日本人は、ハクチョウやツルを食べたのだろうか。興味あるところだ。

話は戻って、哀れなるカモは、今も人間の食卓を離れることができない。北の国からの訪問者の何気ない一言で、以来、近所の川に飛んでくるマガモが、私には大変美味しそうに見えてしかたがない。

支部報「カッコウ」2008年5月号より

「これではとべない」愛鳥週間切手が明かした羽の秘密

日本野鳥の会札幌支部会員 足立英治

●昭和46年(1971)愛鳥週間に因んだ記念切手が発行された。シジュウカラの親が巣箱から口を突き出しているヒナへ餌を運び、羽を広げてまさに空中で静止している図柄である。(写真)

シジュウカラの切手

この切手を見た愛知県春日井市の鷹匠、丹羽有得さん(70)がシジュウカラの右翼の風切羽の重なりが通常の様子と違う事に気が付いた。その間の事情が同年5月14日の北海道新聞紙上で「これではとべない」と紹介された。


丹羽さんによると、大きく羽ばたいているシジュウカラの左右の翼のうち、右の翼(切手では手前)の羽の重なり方が逆になっている。これだときりもみ状態で墜落は必至という。

「この初列風切羽(しょれつかざきりばね)と次列風切羽の重なりぐあいは、第1羽(外側へ広がる一番大きな羽)が第2羽の下へ、第2羽は第3羽の下へと順次重なるのが正しい」。やや複雑な説明なので紙面では図解されていたが、ここではよろしく皆さんご自身でイメージしてほしい。

この指摘に対して原画を担当した技芸官が答えている。記事によると「もちろん実物を見て正しい絵を描くように心がけているが、芸術家としては、むしろはっきり描かぬこともあり、切手の絵は図鑑とは違うことを理解して欲しい」というものだった。私は鷹匠の指摘が正しいと思い、郵政省の言い分には少なからぬ違和感をもったものだった。

もちろん技芸官たちもいい加減な仕事をしていたわけではなかった。日本鳥類保護連盟から借りた写真で同省のデザイナーが原画を描き、さらに同連盟の考証を得て、正しいと信じて発行した切手だった。だが左右の翼の羽の重なりが違っている理由にまでは気が回らなかったようだ。

●後日、私は林大作氏の野鳥写真展を見に行き思わず目を見張った。林氏は1992年に若くして他界した地元の動物写真家だが、全国的に彼の写真は知られていた。大きく羽ばたくヒヨドリの大画面の左右の翼の羽の重なりが見事に「これではとべない」状態で写し止められていた。

これで合点がいったものだった。鷹匠は日常の観察から翼を構成する羽の重なり方は、飛行中も変わらないという認識だった。ところが、急に方向を変えるとか微妙な角度で急停止するような場合には、翼の片方か両方か「これではとべない」羽の重なりになる事実をカメラが捉えていたのだ。

鳥の羽の形は、拾った羽を見ても羽軸に添って両方に羽弁が伸びている。風切羽の場合は尾羽と違って羽軸から前後に伸びる羽弁の寸法が同じにはなっていない。切手のシジュウカラも羽軸をねじるなどして、羽の重なりを瞬時に変えて、風を逃がしたり受け止めたりダイナミックに姿勢をコントロールするのかと思う。

数千分の一秒の世界を捉えた鳥の羽の不思議な世界が、愛鳥週間の切手をとおして強く印象付けられたものだった。

支部報「カッコウ」2008年4月号より

利根別原生林(岩見沢)の想い出

濱野 由美子

私の利根別通いの切っ掛けは、七年前の一月に母が突然入院したことでした。「この入院が最後かも知れない」と聞かされ、高速バスでの実家通いが始まりました。週の半分は滞在し、両親の世話をしていましたが、その年の春、実家近くの利根別に行き、偶然、ミヤマスミレの大群落を見つけたり、ヤマゲラに会うことが出来たのです。その後、自宅近くの野幌森林公園のように、エゾフクロウやクマゲラに会えないかと、早朝一人で通いました。母が無事退院してからは、車椅子の母と大正池まで行って、森林浴やお喋りを楽しんだり、オオルリ・キビタキ・モズ・アオジ・エゾリスなどを一緒に見ました。

父は、杖を突けば歩けるので、下見をしておいた観察ポイントの橋の下で携帯椅子に座って貰い、自分のカメラでカワセミ、オニヤンマ、カラスアゲハを撮って貰いました。橋の上を人が通るたび、隠れている自分たちが何故か可笑しかった。傍らで、カンタン、コオロギ、キリギリスなどが盛んに鳴いているのに、「最近、虫の声が聞かれなくなったなあ〜」という父に、帰ってからビデオで見て貰いました。

利根別の森の中では、沢山の人達との出会いがありました。特に、利根別研究会の会員に加えて頂き、その例会で利根別のシダ(43種)を教わったり、各種市民観察会の下見で、専門分野の先生達から多くのことを学びました。利根別で冬虫花草(セミタケ、カメムシタケ)を初めて見たのも、驚きでした。

昆虫観察会の下見では、昆虫を食べていたトガリネズミ、クワガタ類、うす緑色や水色の美しい、オオミズアオ・シンジュサンの幼虫・ウスタビガの繭・ヤママユの蛹などを見たほか、偶然、エゾゼミ・オニヤンマの脱皮・ルリボシヤンマの産卵も見ました。

野鳥の会にも参加させて頂き、近郊の川や沼で草原の野鳥や水辺の鳥を沢山教えて貰い、鳥見が楽しくなって、冬は歩くスキーで木の実を見ながら、シマエナガ、アトリ、エゾフクロウ、ホウの実を食べていたクマゲラ等を見ました。

利根研メンバーは、毎年春、ウォーキングセンターの開館前に、駐車場の周囲のゴミ拾いをした後、 皆でエゾフクロウを見てから解散します。晴れた日は、コヒオドシ、クジャクチョウやフクジュソウも見られます。間もなく、春の妖精達、シラネアオイ、ヤマシャク、ギンラン、サイハイラン、赤・白のノビネチドリ等が次々と楽しめます。

夏は、札幌で所属している観察会から利根別のガイドを依頼され、半日コースや一日コースを案内していました。一日コースは地形の変化に富み、健脚者向けですが、イチヤクソウやツルリンドウの大群落を見たり、東山池・金志池と大正池や八十八カ所霊場巡りの出来る魅力的なコースです。このコースで見られる主な花は、ジャコウソウ、オカトラノオ、カリガネソウ、ツチアケビ、ギンリョウソウモドキ、ツリガネニンジン、オオヤマザキソウ等です。下見では、ニュウナイスズメ、ヤブサメ、ウグイス、センダイムシクイ、ホオジロ、ミソサザイに会いましたが、観察会の時は姿もなく、残念でした。

現在、両親は札幌市内の高齢者マンションに入居しており、昨年、実家を取り壊したため、私と両親との利根別通いは終わりとなりました。
利根別で出会った人たちの笑顔と興味の尽きない自然に感謝。

支部報「カッコウ」2008年3月号より

スズメについて考えた

池田亨嘉(札幌支部&十勝支部&エゾリスの会)

スズメが減ったという話題を、野鳥の会ではない、一般の方はよく振ってきます。
「なぜだとお思いですか」 「・・・おおきな地震の前触れとか・・」
「十勝沖地震の前はスズメいましたか?」「いましたぁ(ホッ)」
漠然とした不安・・・。
また地震があるのではないか、変な病気がはやる? 計り知れない異変がある? そんな不安が、目の前の変化にすぐ飛びつきたくなる気持ちを加速しています。あまり意味のない健康食品がはやるのと似た心理がどこかにあるようです。
不安なくせに、自分自身で真偽を確かめることをはじめから放棄し、人から答えを与えられるのをただただ待っています。
私たちはいったい「何に」関心があるのでしょう。ときどき、わからなくなります。

テレビの見過ぎでしょうか?
白花豆がなくなる、納豆が、寒天がある日なくなる。
「受け身」としてはとても敏感なのに、何か他のことに鈍感になっている。そんな気がします。
自然が好きな人は、今ある自然はずっと残っていくのが妥当だと考えます。でもそれも一種の受け身でしょう。自然の存在をまず社会に伝えるところからはじめないと、存在しなかったことになってしまう。消える間際になって騒いでももう遅い・・・。
自分はマガモやカルガモを数えて調べていますが、ある希少種の専門の方から「またそんな地味なものを」と言われたことがあります。
スズメ問題はそれに対する答えを含んでいるように思えます。当たり前なものほど調べておかなければいけない。スズメにたいして自分は受け身だったわけです。
もし、スズメを調べられないほど、自然を見る目が少ないとすれば、その現状こそが問題なのかもしれません。
今回スズメを取り上げるにあたって、一夜漬けをして思ったことは、スズメを調べることは人間を調べることにつながるということです。
自然環境にうまく適応できる社会を目指すなら、普通種の重要さを見逃さないようにしたいと思います。

支部報「カッコウ」2008年2月号より