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Sapporo Chapter of Wild Bird Society of Japan

豊平峡の里山

みよし工房“彫路(ぼれろ)”三好純男

私の住む豊平峡は豊平川の上流に位置し自然豊かな所で四季折々の移り変わりの彩りを楽しむことが出来ます。毎日、朝夕の犬の散歩をしながらの一日一日の自然の変化に驚くばかりです。

朝日をあびながらの小鳥達のさえずりや、時に出会うクマゲラ、フクロウ、ヤマセミなどには感動し興奮させられます。

四季を通じ私の一番の楽しみな季節は残雪の残る四月末〜五月初めです。春の紅葉(春葉)と呼んで、コブシの白、桂の赤、それぞれの若葉の萌える色の一日一日の変化や、道端のエンゴサクの青のじゅうたんやカタクリの群生などは幻想的でさえあります。私はフクロウを中心に北の動物たちを掘り続けていますが、出来る事ならば自然と共に在るがままの自分を形に表せたらと思う日々です。

支部報「カッコウ」2005年3月号より

今年の航路探鳥 八戸〜苫小牧航路

日本野鳥の会札幌支部幹事 北山 政人

今年は暇があれば八戸〜苫小牧のフェリーに乗っていた気がする。この原稿を書いている今の時点で9回(11月下旬)。仙台や大洗への航路も惹かれるものがあったが、時間的に難しかった。よって夜の苫小牧を発ち八戸へ、翌朝同じ船で八戸を苫小牧へ向けて発つパターンで海鳥ワッチを楽しんだ。 これだけの回数、航路探鳥をしたが、バランスよく1年を通して乗船していたか、となるとそうではない。3月まではなかなか時間が無く、4月から乗り始めたし、7月の半ばから末に至っては3週連続で週末は航路探鳥という事もした。冬のウミスズメ類はこれから年明けに見る事にする予定。 なんとか時間をつくって、1年を通して八戸〜苫小牧航路に乗るのが目標である。

11月の末には、遂に憧れのアホウドリを見る事ができた。成鳥にかなり近い個体だった。もちろん、クロアシアホウドリ、コアホウドリの優雅な飛翔は十分に見たし、一日でトウゾクカモメ類を四種とも確認できた事もあった。ハイイロヒレアシシギの夏羽の個体も出た。オオミズナギドリやハシボソミズナギドリの大群、フルマカモメの体色の異なる個体など、陸地から見る事は難しい海鳥たちの姿を随分と楽しむことができた。

さらに今年は鳥だけでなく、クジラ、イルカの仲間にも興味が湧いて、注意して見るようになった。恥ずかしい事に、今までは単に、「イルカ、クジラ」としてしか見てなかった。今は、私の本棚にクジラ、イルカのコーナーができた。わりとよく見る事ができたのはカマイルカである。特に夏場は数十頭から数百頭の群れで何度も現れた。沖合だけでなく苫小牧港に近い海上でも確認できた。船と並んで泳いだり、派手なジャンプを見せてくれたり、なかなか楽しませてくれた。つぎに出現頻度が高いのはイシイルカであろう。カマイルカのように大群はつくらないし、派手な跳躍をする事はないが、時速50キロにも達すると言われている高速で、水しぶきを上げながら泳ぐ姿は特徴的だ。その他にはミンククジラ、コビレゴンドウ、ネズミイルカなどを見る事ができた。今年は航路での大きな楽しみが増えた。

それと鰭脚目の仲間も忘れてはならない。ゴマフアザラシやトドは陸地からも観察し易いが、沖合でなければ観察できないのがオットセイである。姿はトドに似ているが体格はかなり小型。体が軽いために海上に浮かんだまま休息できる。横になって前ビレと後ビレを海面に立てている姿は、かなり面白い。今年はオットセイの群れ、しかも多くが海面で休息している状態で見る事ができた。次から次へと船の横に漂って来た姿は印象深い。

哺乳類だけでなく、サメの一種やマンボウなど、さまざまな海の生き物たちを目にすることができた。これからもこの航路に乗り、できればシャチやナガスクジラ、バンドウイルカにも会いたいと思う。もちろん鳥のほうもミナミオナガミズナギドリの大群とか、ツノメドリなんかも良いな、と思う。

支部報「カッコウ」2005年1・2月号より

米子水鳥公園における環境教育活動

米子水鳥公園指導員 桐原佳介(日本野鳥の会鳥取県支部)

環境教育は、最近になってその重要性が注目され、文部科学省も「環境の保全のための意欲の増進及び環境教育の推進に関する法律」(略称:環境保全活動・環境教育推進法)を制定するなど、全国的に活発になってきています。
「環境教育」と一口に言っても、非常に広範囲な活動を含んでおり、自然環境や野生生物の保全、ゴミの減量とリサイクル、水、エネルギー、民族、文化、貧困の問題など、挙げるときりがありません。

環境教育は、なぜ必要なのでしょうか。
それは、私たちが地球上で生き続けていくためには何が大切なのかを知るためです。私が勤務している米子水鳥公園では、主にコハクチョウを中心に水辺の生態系をテーマとした環境教育活動に取り組んでいます。

米子水鳥公園は、コハクチョウの集団越冬地として西日本最多の飛来数を誇り、毎年多くの人々がハクチョウの群れを観るために訪れます。
コハクチョウは、米子水鳥公園のシンボル的存在であり、設立されたきっかけもコハクチョウの塒(ねぐら)の保護です。

ハクチョウは、あまり鳥に関心がない人たちにも認知度が高く、可愛がられる存在であり、多くの人をひきつけるカリスマ性のある野鳥です。
そのため、環境教育のテーマとしても大変効果的です。
米子水鳥公園では、コハクチョウを取り巻く自然環境を紹介し、コハクチョウが生きていくために必要な要素は何かを普及啓発しています。

特に、地元の小学生に対しては、水鳥の絵と作文コンクールや子ども野鳥クラブなどのイベントや、コハクチョウクイズなどを通してコハクチョウへの関心を高め、コハクチョウが生きていくために必要なことの啓発に力を入れています。

もうひとつ重要なのは、ボランティア活動です。
米子水鳥公園では、米子水鳥公園友の会をはじめ、地元の小中学生や企業によるボランティア活動が活発に行われています。
ボランティア活動では、主に水鳥の生息環境の保全を目的とした草刈りや穴掘り、水鳥が休むための島を池に作ったりしていますが、汗をかきながらこれらの作業を体験することで、自分が「水鳥の飛来地の保全に参加している」という実感が得られ、参加している方々の自然環境の保全に対する意識の向上につながっていると思います。

野鳥は、生態系のなかで中位〜上位に位置する生物であるので、野鳥が生息するには、非常にたくさんの環境要素が必要です。
野鳥にとって住み心地が良い環境は、私たち人間にとっても健康に生活できる環境です。
野鳥をはじめとする様々な生物たちと人間とが共存していく方法を探していくことが、野鳥をテーマとした環境教育の役割だと思います。

支部報「カッコウ」2004年12月号より

トンボ相から見た、西岡水源池の変遷

北海道トンボ研究会 事務局長  平塚和弘

私が西岡水源池のトンボを観察し始めてから、いつのまにか20年もの歳月が流れた。これまでの調査活動から得られた成果も大変多く、中でも今なお「単一湖沼としての種類数、全道一」は、都市化の波の著しい札幌市にあって全国に誇りうる事実と思う。

これだけ種類数(2004年段階で記録種数は43種に上る)を支えていける要因は、何よりも変化に富んだ水源池の環境にある。
トンボの生息には充分すぎるほどの面積を持った池を中心として、奥には葦原の広がる湿地帯がトンボたちをやさしく迎えてくれている。
水源池に流れ込み、そして流れ出る月寒川は、流水性のトンボの貴重な生活圏。また水源池に点在する小さな開放水面は、そのまま小池を好むトンボの生息地として利用され、林が作る木陰は日陰を好むトンボの貴重な生活圏となっている。更に水源池に隣接する森林は、羽化後間もないトンボたちが成熟するまでの貴重な生活空間そのものである。

今から3年前、日本蜻蛉学会に報告された企画のひとつで、「全国の河川のトンボ相の変化」の一斉調査が行われた。
「特定の河川のトンボを10年以上観察し続けている方へのアンケート」ということで私は、ここ月寒川の変遷を報告したのであるが、20年前と比べても際立った変化は見られず、「特に変化なし」という文ばかりが続く非常につまらない報告になった。ところが、全国の報告を見て、びっくり。これがいかに貴重な報告であったかを思い知らされたのである。
現在、いかに人々の関心が自然保護に向き、いかにビオトープがもてはやされようと、自然は決して大切に扱われてはいない。「増加」とか「微増」といった報告は皆無。「わずかに減少」などはいいほうで「激減」という言葉どころか「絶滅」という言葉も珍しくない状態である。
「変化なし」を報告したのは、全国でここ月寒川だけという状況である。月寒川のトンボたちは20年以上も大きな変化無しに生活し続けてきたのである。

西岡には、行政にものを言う形がある。そして行政の自然への配慮の動きも出てきた。西岡水源池は、全国でも稀有な、昔からの自然の残る地域なのである。もちろん、充分といえるレベルではない。が、ここを足がかりに、「人工的に作ったビオトープ」ではない、以前からある自然を大切に残していくためのモデルとはなりえないか。そんなことも考える全国報告の結果であった。

河川のトンボは変化なしと申し上げたが、実は本湖とも言うべき池の方は決してそうは言えない。
中でも、北海道では貴重な存在であったオオヤマトンボの減少は著しいものがある。岸辺すれすれを豪快に飛翔するオオヤマトンボは、岸辺の鴨たちにとっては格好のえさとなる。オオヤマトンボ減少の原因は鴨にあるという人もいるくらいである。

水源池の岸辺の鴨は、公園を訪れた市民たちがパンやお菓子を与えている鳥。野鳥の会が自然に配慮してコントロールして作られた餌場の鳥とは当然異った存在である。
何も考えず、単に食べてくれて嬉しいとか可愛いとかで与えるえさは結局は生態系そのものを滅ぼすのではないか。そんなことを考えさせられるオオヤマトンボの減少ではある。

残したいのは生態系そのもの。オオヤマトンボと鴨とどっちが大事という問題ではないし、私たちの調査で見落としている環境の変化も、もちろんあるかもしれない。
食物連鎖の過程では、もちろんトンボは鳥に食べられる存在である。「鴨よトンボを食うな」などとバカなことを言うつもりはない。
しかし、いつまでも鴨もトンボも共に共存していける西岡水源池であるために、あらためて「生態系の保存とは何か」を考えてみたいものである。

支部報「カッコウ」2004年11月号より

鳥インフルエンザ騒動が教えてくれたもの

日本野鳥の会鳥取県支部 吉田良平

1.国内発生の影響
今年、山口県阿東町で高病原性鳥インフルエンザが見つかったのは、日本で79年ぶりであった。その後大分県九重町、京都府丹波町と計3カ所で見つかり、全国的な騒動となった。外国では、中国、韓国、台湾、ベトナム、タイ、オランダ、アメリカ、カナダなどでも発生し、アジアではまだ現在も感染が続いていると言われている。これらの国から日本への輸入について、鶏肉はもちろん、生きた野鳥も禁止された。メジロなどの密売との関連で、国内販売の動向が注目される。

2.人への感染についての心配?
高病原性鳥インフルエンザは、鳥での病原性が強いことから名付けられており、人に対して病原性が高いということではない。本来は人に感染する能力のない鳥のウイルスなので、大量に糞(ウイルス)を吸い込むなど特別な事情がない限り、人に感染しない。このウイルスが人から人へ感染するウイルスに変異した場合には、全世界に大流行し、死亡者も多発する恐れがあるとして、世界的に警戒されている。

3.野鳥による伝播?
鳥インフルエンザは、本来は野鳥がもっている弱毒性ウイルスで、鳥に共生していると考えられている。京都・大阪ではカラス9羽から高病原性鳥インフル エンザが陽性であった。京都府丹波町の鶏舎では高病原性鳥インフルエンザで死亡した鶏は糞堆積場に埋められていたが、死亡数が急増したため糞で隠せなく なり、それをカラスが食べて感染したと言われている。カラスも被害者なのである。

日本で79年ぶりに発見されたこと、同じ型のウイルスが韓国で先に流行していたこと、そして、国内3カ所は離れていることから、渡り鳥が感染経路として疑われている。しかし、環境省は、事件発生の3カ所周辺で、山階鳥類研究所や鳥取大学の専門家と調査を行い、野鳥の捕獲し、糞や粘膜を採取したが、ウ イルスは見つけられなかった。問題が表面化してから全国の都道府県に届けられた野鳥の死体1万数千羽のウイルス検査は陰性であった。全国の都道府県でカ ラス・ドバトを捕獲しての調査でもすべて陰性であった。これらのことから国内の野鳥の間にウイルスが広範囲に広がっている可能性は低いと考えられてい る。

支部報「カッコウ」2004年10月号より

いざ献血へ!

ゆうふつ原野自然情報センター   村井 雅之

2000年4月、フリー(フリーターではない)になり、今年で早くも5年目に突入した。と言っても、相変わらずシラミバエのごとく勇払原野(ウトナイ湖)にへばり付き、生きていることに変わりは無い。

フリーになった頃は「どこに行っちまった(逃げたのか)?」とか「生きているのか?」とか、暖かい声も聞かれたが、5年目ともなれば、もうそんな声も聞こえてこない。代わりに聞こえてくるのは、「へぇ〜そんな事でも、生きて行けるんだ」等々、賞賛(?)の声。これら5年目にして聞かれる数々のお言葉は、開設当初以上に、随分と励みになっております。

私は野鳥も好きだが、虫も好き(何でも好き)で、ここ数年は野鳥に寄生しているシラミバエに興味を持っている。シラミバエは野鳥から血を頂いて生活している昆虫で、常にエネルギーのある宿主を探す。宿主にエネルギーが無くなると、さっさと見切りを付けるという、なかなかクールな性格をしている。私もシラミバエのようなもので、宿主は勇払原野。シラミバエと違うのは、吸い上げるのが血ではなく情報であること。そして、何があっても宿主から離れられない。

情報は、新聞や雑誌に書く駄文の元になったり、下手な絵を描いたり写真を撮ったり。時には小咄のネタになって、私の生きる糧となるのだ。先日も、そんな情報を求めて、原野へ。目的は蚊の吸血シーンで、モデルは私と私の血を吸う蚊。蚊は、原野から次々に湧いてくる。私の腕にとまり血を吸う蚊を撮影していたら、ファインダー中の40数匹の中に、シラミバエの仲間を一匹見つけた!

「勇払原野に寄生する私が、シラミバエに寄生される!」

指先に一瞬、緊張が走った。が、シラミバエにとって私は、鳥以下の宿主だったらしい。撮影する前に、ノビタキやベニマシコが鳴く草原へ姿を消してしまった。

私はこれからも、原野で情報を吸い上げ、時々献血もし、あるいは献血する人間を原野に誘い込んで、生きて行くことだろう。これからの時期、原野へ献血に出かけたい方は是非ご一報ください。野鳥や植物、昆虫たちと共に、ご案内致します。献血したい蚊の種類も、選べます。蚊を生かすことは、野鳥を生かすこと。原野に生きる野鳥たちは、皆さんの血で支えられています。

いざ原野へ献血に出かけましょう!

この原稿を書いているのは、某日の深夜。昨年の暮れに頂いた日高昆布を肴に、飲んでいる。酒は350mlの発泡酒が一缶と、焼酎。シラミバエの咬み跡が無いか、探しながら腕を観ていたら、意識が無くなった・・・・。

この駄文の文責は小生にあるのではなく、焼酎にある。

支部報「カッコウ」2004年8・9月号より

初めての海外一人旅記

主婦  足立サキ

今年三月、次女の所に引越しの荷ほどきに、ドイツ・シュトウットガルトまで行くことになりました。一人では心細いということで、道連れをさがしましたがそう簡単に見つからず、意を決して一人で行くことになりました。行けば可愛い四歳の孫が待っていてくれる!それのみが心の支えです。

葡萄畑や森林の連なる丘陵に囲まれた谷間の都市シュトウットガルトは人口56万の州都だそうです。札幌を出てからまる1日かかり何とかジェスチャーと片言のドイツ語といっても単語(殆んど通じていないでしょう)で無事到着。荷ほどきの合間
をみては孫と近くの公園やウーバンという電車での中心部への買い物、丘の上にあるタワー(テレビ塔)、中央駅近くの宮殿公園、更にミュンヘン郊外にあるグムント
(この地は娘のダンナのご両親が住んでいる)への小旅行、等々行くところ行くところには散策路、林、湖、があり名所観光地に行かずとも、自然は街並みと溶け合い家々とも自然と溶け合い、見るもの皆絵葉書の絵の様でした。

公園にはリスが身近で見られ、名前が分からない小鳥達が綺麗な声でさえずっていました。札幌ではスズメ、カラス、ドバトはどこでも見られるものですが、シュトウットガルトでは見ることがありませんでした。住宅の周りや公園には春の花が早くもそこかしこに咲いてとても綺麗でした。

鳥の話題を押しのけてしまいますが、私にとって慣れない事がありました。公園にトイレがありません。三月は未だ少し肌寒い毎日、用を足すには近くのレストラン、
ホテル、ガソリンスタンド等のお世話になるのです。札幌に住んでいる私にはとても考えられないものでした。また、屑篭もほとんど置いてなく、ゴミは持ち帰り。家庭
生活においても、ゴミの分別が厳しくて出す量にも制限があるようでした。

ストアー、パン屋、雑貨店、娘達の住む町は住宅街なので小さな店です。そこに買い物に行くと、日本のストアーでは当たり前の発泡スチロールトレーにラップで包装されているものはなく、殆んど紙袋に包んで渡してくれます。さすがケーキの時は家に帰るまで崩れないかととても大変でした。簡素で、持参のショッピングバッグがなければ袋は有料でした。 

三週間が過ぎ三月の末帰る頃には、これらのことにも慣れて楽しい思い出もたくさん持って帰路となりました。シュトウットガルト中央駅で彼らと別れ、電車でフランクフルト空港まで、そして空港の広い中を何とかANAの窓口を探し出し、搭乗手続きを済ませパスポート検閲所、荷物検査等々をこなし、搭乗口までの長い通路(慣れないのでそう感じたのです)を歩きANAの飛行機を目前にした時は正直言ってホッとした事は言うまでも有りません。

三週間のドイツ・シュトウットガルト旅行は色々なことを考える旅でも有りました。
地球の環境を考える大きなテーマを、一人一人が出来る小さいことからはじめる事、それがこの旅で得た一番の体験でした。      

支部報「カッコウ」2004年7月号より

湯の町の鳥

国土交通省 定山渓水源地域ビジョン委員 一條 晋

ひょんなことから札幌の奥座敷として親しまれてきた湯の町定山渓温泉に暮らすこと になった。町の中を豊平川が流れ、渓谷の自然が四季折々に鮮やかな彩りを見せてくれる。これで隠居、なんの思いわずらいもない。こんな夢物語が許されるはずもなく、やはり甘かった。ということで漫録笑覧。-惜しいことだ。と思った。

花鳥虫魚ことごとく、その生を謳歌し、熊鹿が常に隣となる深山幽居の楽しみを満たしてくれそうな「豊かな自然」は確かに残存している。しかし、醜い人工構築物が必ず目に入ってきて、憂鬱になる。無数に造られらた砂防ダムは、山水画を思わせる美しい渓流景観を恥も外聞もなく破壊してしまっている。樹木や草花も意図的に導入された外来種が目立ち、在来種の自然の木を植えていても、不自然な植え方で興醒めしてしまう。ヤマゲラの声がやけに悲しげに聞こえる。オオルリがしきりに囀っている。その木も外来種のニセアカシアだ。根元に転がっているのは、ポイ捨てされた空きカンとタバコの吸い殻。川面に目を遣ると、カワアイサが群れている。マガモやオシドリ、アオサギもいる。渓流はカワガラス・ミソサザイ・キセキレイたちの生息地でもある。淙々と流れる水際にポリ袋が引っかかっている。澱みにペットボトルや発砲スチロールの大きな箱が浮かんでいる。人間というのは自然に対してあまりにもわがまま勝手である。科学技術力に頼る人間だからこそ、自然に対する気配りが必要なのだ。ハチクマ・クマタカ・ハイタカが舞う渓谷の空をオオセグロカモメが飛びまわっている。わけのわからない大資本の保養所の管理人が大量給餌でドバトまで呼び寄せている。大温泉ホテルの屋上からは、カラスの死骸を模した物体が釣り竿で三個もつり下げられている。からす達は怖がるどころか、平気の平佐で、すぐ傍で遊んでいる。一体全体、観光客はこんな光景をどんな気持ちで眺めているのか。物のわかる客からは嘲笑、侮蔑の対象となるだけでないのか。

計画なき国立公園の乱開発の果ては、かくのごとく悲惨な現状である。人の心が受ける影響で、一番最初に生じ、しかも一番重要なものは、自然の影響であるという。自然の変質は心の拠り所を喪失させ、土地と人々との絆、人と人との絆を断絶する。勿論、安全な水や食べ物を確保することにすら問題が生じているのだから、心の問題だけでなく、機能的な損失にも目を向けなくてはならない。今後、さまざまな判断や選択をするに際して、「経済」よりも「環境」に優先権を置き、森林・渓流・野生生物などを含めた総体としての「風景」を修復することを提案していきたい。いずれにせよ「自然再生」こそが定山渓地域の活性化にも結びつくと確信している。

なんと、ウグイスの鳴き声が、窓ガラスの割れた廃棄自動車の中から聞こえてきた。クロツグミの美声も聞こえる。聴き惚れていると、突然、拡声機からダム放流の通報が流れ、サイレンが鳴り響いて、完全に白けてしまった。
感動的なことがないわけではない。厳冬期のカラスの塒入り。札幌市街方向から風雪に逆らいながら、次々に湯けむりをついて帰って来る一千羽余のカラスたちの飛翔は圧巻である。温泉街では思いの外、スズメも多い。雪解け間もない頃、足湯の近くで死んでいるスズメを見つけた。誰もいないのをいいことに、足湯でスズメの足を洗ってやり、それから一休禅師に習って「足湯守大姉」(勝手に♀と決めつけて、居士ではなく大姉とした)の戒名を付け、ねんごろに葬った。因みに、一休が「侍者」と呼んでいたスズメに与えた戒名は「尊林居士」であった。

支部報「カッコウ」2004年6月号より

『水俣・札幌展』へのお誘い

(財)北海道環境財団 内山 到

既にご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、私ども北海道環境財団と水俣フォーラム(東京)では、本年5月30日(日)から6月13日(日)まで北海道大学学術交流会館において『水俣・札幌展』を開催する運びとなりました。

私が、『水俣展』を最初に見たのは、2000年夏に開催された東京展でした。1968年札幌生まれ、札幌育ちの私にとって、水俣病事件は教科書のなかで四大公害裁判のひとつとして学習したのみで、すでに過去のものとしての認識しかありませんでした。しかし、『水俣展』が語る水俣病の真実は、単純なメチル水銀による健康被害ということだけでなく、加害企業を擁護する国や科学者、水俣病患者への偏見や差別、補償金へのねたみなど驚かされるものばかりでした。『水俣展』は水俣病の事実そのものをできるだけクリアに伝えることを前提に作られているため、脚色や特定の主義主張にとらわれることなく構成されており、加えて目を見張る迫力のある写真や実物などが見る者の受ける印象を強烈にしています。

私は、純粋に北海道の方々にこの展示をお見せしたいと考えました。そしてこの度実現に向けて準備活動を進めています。昨今の財政事情で行政の予算化も難しく、企業・団体の協賛金、チケット収入で収支を合わせなくてはいけません。環境財団としてもこのような大きな催しは初めての挑戦となります。ありがたいことに『水俣・札幌展』準備会という市民応援組織ともいうべき開催に賛同していただいた多くの市民の協力をはじめ、企業や団体の協賛などを受け、準備活動を進めています。

『札幌展』オリジナルの内容として、北海道ではなかなか聞くことのできない水俣病患者のお話や上條恒彦さん、柳田邦男さん、平田オリザさんなどのお話をお聞きする機会が実現し、その他長編の映画も見ることができます(いずれも有料)。また、関連企画として北海道大学内の組織でもシンポジウムを予定しており、原田正純さんや岡本達明さんなど水俣病を語る上では欠かすことのできない方々の貴重なお考えを直接聞くこともできます。

『水俣・札幌展』は、環境を守ることの価値のみならず、人間・命の重みを問いかけます。それは、どこに暮らす者でも、老若男女を問わず、私たちの生き方や社会のあり方と環境や生命の関わりを考える学びの場であり、これからの将来を生きるうえで少なからぬ果実を与えてくれるものと考えています。年明け早々に開催された川崎展で『水俣展』の入場者は10万人を越えました。この数字こそが、この展示が人々を惹きつける証明です。水俣病公式発見からもうすぐ半世紀、札幌展の会場でよみがえる水俣の言葉や表情、風景の一片でもご記憶の片隅にお加えいただければ幸いです。

※『水俣・札幌展』に関するお問い合わせはこちらまで。
北海道環境財団011-707-7011
支部報「カッコウ」2004年5月号より

ボケりんごとヒヨちゃん

北海道ボランティア・レンジャー協議会 副会長 五十嵐一夫

2月の下旬、庭の冬囲いの竹の先にボケりんごを刺してみた。2日後にヒヨドリが来た。3羽くらいで取り合いをしている。どうも食べ方が下手くそで、半分くらい食べたところで、下に落ちてしまう。こうなるともうお手上げ状態、深雪の中に埋まってしまう。春に茶色くなってつぶれて出てくるだろう。

我が妻はせっせと家の中でボケりんごの制作に励んでいる。何のことはない、私に食べさせるのがよほど嫌なのか、涼しいところに放置すること1,2ヶ月。りんごは表面の張りが消えうせ、皺がよって、まるで制作者そのもののボケりんごが出来上がる。そのまま捨てるのもどうかと思い、かといってえさ台を作るのも面倒くさいので、冬囲いの竹に突き刺すことにした。

ヒヨドリの食事は最初から最後までうるさい。ピーヨピーヨとやってくるからすぐわかる。おまけにポジションの奪い合いが始まる。ボケりんごがそんなに美味いのか。お前らあんまりグルメじゃないな。ピーヨピーヨとうるさいし、協調性はないし、見た目は地味なのに自己主張が強そうだし、巷の奥様たちに似たタイプだなぁ。

今は亡き、林大作さんの写真集『北海道の野鳥』では、ヒヨドリについて「地味ながらいまや知名度と好感度ではナンバーワンである」とキャプションが入っている。好感度ってほんとかー、信じられない。信じたくない。職業にも野鳥にも貴賎はないと分っちゃいるけど、納得いかねー。

そんなある日の朝、別の鳥が来た。「ヒヨちゃんよりきれいだね」。「んー、確かにヒヨよりは色が多いな、顔は怖いけど」。キレンジャクが一羽でやってきて、一心不乱にボケりんごをつついている。おまけに食べながら私のほうに尻を向けポロリと糞までする始末。食ったらすぐ出す。どうやら便秘とは無縁の体質らしい。私も朝食の最中だったのに、変なものを見てしまった。なかなかの食欲で30分ほど食べ続けていたところへ・・・来たっ。「ピーヨ ピーヨ ピヨ」「どけどけー、オレ様のボケりんごじゃー」。哀れキレンジャク、顔の怖さなどヒヨちゃんにとっては、まったく通用しない。体格と性格の差は如何ともしがたい。あっという間に蹴散らされ、と思いきや、なかなかしぶとい。隣のボケりんごに場所換えして朝食の続き。ところが、「どけどけどけー。こっちのボケりんごもオレ様のものじゃー」。いやはや、なんともご立派な性格。こんなやり取りが3回ほど。奪い返したボケりんごを食べるのかと思ったら、どこかへ飛んでいってしまった。そんなに腹は減っていなかったらしい。それなら食わせてやれよ。譲り合いの慈悲の心まったくなし。独占欲は最大レベル。やっぱりデパートのワゴンセールで見かける奥様たちにそっくりだなぁ。

「今日はまた別の鳥が来ていたわ」。「大きさは、色は、鳴き声は?」どうやらムクドリらしい。確かに食い物が一番少ない時期ではあるけれど、ボケりんごってそんなに美味しいのかぁ。ヒヨドリとキレンジャクとムクドリの三つ巴のバトルを見てみたい気もする。顔の怖さでは断然キレンジャクが有利。体格のよさではムクドリが一歩リード。でもやたらにでかい声と強烈な性格でヒヨちゃんの圧勝だろうなぁ。

今朝カーテンを開けてみると、りんごが下に落ちている。「またりんご買ってこなきゃ」と妻の無邪気な一言。オイオイ、俺にも少しは食わせろよな。

支部報「カッコウ」2004年4月号より