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Sapporo Chapter of Wild Bird Society of Japan

変わりゆく風蓮湖・春国岱

春国岱チーフレンジャー 手嶋洋子

3月末、本州生まれの私には、とても春が来たとは思えない寒さの中、フクジュソウの花が春の訪れを教えてくれ、氷が緩んだ風蓮湖に釧路方面からタンチョウが戻ってきました。

春国岱のタンチョウタンチョウたちは、風蓮湖に戻ってしばらくの間、なわばりを主張せず、同じ場所を数羽が利用したりしますが、そんなのんびりとした様子を見せてくれるのも束の間、ペア毎になわばり争奪戦が始まります。ここ数年、春国岱ネイチャーセンターから見える湿原をなわばりにしたい若いオスのペアが、古参のペアに挑んでいるのですが、昨年は血を流すほどの争いの結果追い出されてしまいました。今年は、いの一番に春国岱に戻ってきて、なわばりの確保に余念がありませんでした。そのおかげか、ねらっていた場所を確保することが出来たようです。風蓮湖・春国岱周辺の湿原の多くは、以前から住んでいるペアが元の場所に戻ってくることが多かったのですが、最近は、若いペアがなわばりを求め古参のペアに挑戦する姿が増えているように思えます。長年続けられた保護活動の結果、1000羽を超えるタンチョウが道東で暮らすようになり、新しいペアが自分のなわばりを求めて争ったり分布を広げたりという時期を迎えたようです。

夏の間、タンチョウをはじめ、オジロワシやクマゲラ、ノゴマなど多くの野鳥の繁殖地となる風蓮湖・春国岱は、最も古い砂丘が堆積し始めてから3000年もの年月が経っているといわれています。長い年月をかけて植生遷移が進み、森が形成されてきましたが、近年、砂の流亡や地盤沈下の影響で、森から草原へと変わる退行遷移が進んでいるといわれています。年に数回は、高潮などの際に、第一砂丘を越えて海水が流れ込みます。第一砂丘の低い部分が水没し、観察路の木道がかろうじて水面から顔を出すぐらいの高さまで水が上がります。高台にあるネイチャーセンターから見ると第二砂丘の湿地を越えて第三砂丘の森の際まで海水が入っている様子が見られ、驚かされます。第二砂丘の森は、2006年の爆弾低気圧のため木が倒れた上、海水の進入も影響し、ここ数年急激に立ち枯れが進み、世界で2例しかないと言われている砂丘上のアカエゾマツの純林も立ち枯れが進んでいます。

12月の下旬、風蓮湖や春国岱周辺の浅瀬が凍り始めます。10月下旬から羽を休めに飛来していたオオハクチョウたちが水面の減少とともに移動をしていきます。風蓮湖の氷が厚くなりスノーモービルで走れるようになると、冬の風物詩「氷下待ち網漁」が始まります。これに合わせて知床や野付半島方面から多くのオオワシ、オジロワシが風蓮湖に飛来します。漁師さんが氷上に捨てていく雑魚を狙って集まる姿が有名ですが、近年、暖冬で2週間ほどしか漁ができなかった年もあるなど、昔より漁期が短い年が多くなっています。

様々な変化が見られる風蓮湖・春国岱。自然の流れだけではなく、人の活動も大きく影響を及ぼしています。漁場として、豊かな生態系として、どうしたら自然を保全できるか色々な視点から考える必要が出てきています。

支部報「カッコウ」2011年8,9月号より

里山活動での森づくり ━━ その「フクシマ」の前と後

鈴木直樹

水戸で農業をやっている友人に会いに行くときは必ず在来線でも新幹線でも郡山で降り、水郡線の鈍行に乗って2,3時間かけ目的地に向う。鉄路ははじめ阿武隈川の上流を上り、小高い峠からは久慈川に沿って右へ左へ何度も渡りを繰り返しながらゆっくり下ってゆく。

沿線は何とも言えない懐かしい里山の風景だ。「北斗星」で朝日を拝むのもよし、新幹線で夕暮れの影絵を楽しむのもいい。これにハマると時間と金を惜しむ気になれない。

阿武隈山地は本当に美しい里山風景を今に残しているところだ。

札幌周辺の里山はどうか。学識者の中には“北海道には本州のような里山はない”と言う人がいるそうだが、里山の定義にもよろうが養父志乃夫氏の調査によれば、札幌市南区滝野地区では田畑とその隣接山林で自給自足的な循環型の生活が大正末期から昭和40年ぐらいまで40数年間営まれていたという(『里地里山文化論』)。

確かに私たちが1999年から活動している常盤地区の山林(私・市有林併せて6ha)でも、札幌オリンピック(1972年)の前まで、現在住宅地になっている真駒内川の狭い河岸段丘の田畑と一体となった生活が営まれていた痕跡が見つかる。萌芽更新した株立ちの広葉樹、炭焼き窯の跡、救荒用のクリの木の保存、水神様の祠跡など、本州の里山を彷彿とさせるものがある。そして雑木林に囲まれて林齢4、50年の針葉樹の人工林が何割かあるのも似ている。樹種はもちろん、本州はスギ、ヒノキだが、こちらはカラマツ、トドマツだ。

里山保全活動の目的は、開発への抑制が第一であるが、放置による林の荒廃や生物多様性の劣化防止、自然とのふれあいなどが主であろう。ただ林の手入れの仕方(森づくり)は、本州では不断の干渉によって維持されてきたコナラ、クヌギ、アカシデ、エゴノキなどの落葉広葉樹林が放置によって竹林や常緑広葉樹林に置き換わってしまうのに対し、こちらは、ミズナラ、イタヤ、ホオなど、もともと自然植生が落葉広葉樹林であるため、手入れはもっぱら人工針葉樹林に限られる。

そこで、私たちの里山活動での森への働きかけは、フィールドに小面積(0.16haと0.24ha)あるカラマツ人工林の間伐ということになる。これらの林は、40数年前、燃料革命や都市化とともに農生活的利用の終えた雑木林の一部に地主の先代が当時まだ需要のあったカラマツを植えたものである。その後、坑木や電柱、足場丸太の用途もなくなり、放置されてきた。密生して樹冠の小さくなった造林木ではあるが、先人が植えた貴重な資源であるので、大事に使わなければならない。私たちは何回か間伐を繰り返し、徐々に疎らにして自然植生の広葉樹との混交林をつくろうと、これまで2つの小班でそれぞれ1回ずつ間伐を実施した。材は薪や炭原木に利用している。

しかしこれは2011年3月11日の「フクシマ」までの森づくりである。福島第一原発の放射能汚染は、あの阿武隈の里山を台無しにしてしまった。札幌の森も例外ではない。

森は、生き物の宝庫であり、それがゆえに表面積が極めて大きく、ガス交換や自己肥培の循環システム、有機物の蓄積など放射性物質を取り込みやすい。つまり「フクシマ」は、プルトニウム239、セシウム137、ストロンチウム90などの究極の反自然物を撒き散らし、デリケートで包容力のある自然の象徴—森を、人の近付けない毒物の巣窟にしてしまったのである。今後私たちは、里山のみならず森そのものへの関わり方において、これまでとは全く違う局面に立たされることになった。

支部報「カッコウ」2011年7月号より

台湾鳥見紀行

日本野鳥の会札幌支部会員 渡邉智子

2011年3月15日〜25日までの10泊11日、台湾で自由鳥見旅して来ましたので、今回はそのお話♪を1つ♪。実は、今回私が台湾に行こうと思った最初の動機は野鳥観察ではなく、私が盲導犬協会から生後2ヶ月から生後5ヶ月まで預かり育てた仔犬が去年9月末台湾盲導犬協会に行ったので、その仔犬に会いに行くためにだったので、台湾の野鳥ことなど、実はちっとも知りませんでした。

が、行くにあたって調べてみると、台湾は地理的特徴から、世界で最も野鳥の種類の分布密度が高く、台湾でいままで確認された野鳥は560種以上にも上り、台湾固有種も17種類もいるではありませんか!。これは仔犬に会いにだけではもったいない、探鳥もしてきましょうと、鳥見も計画。それで今回の旅行となったわけです。

さて、今回の旅の日程半分(前半2日、後半3日)は台北近郊をバスやタクシーで、もう半分の5日間は台湾中部・西部をレンタカーで回るものでしたが、探鳥結果はというとガイド全く無しでも台湾国鳥のミカドキジはじめ88種以上確認出来ました。

台湾旅行して思ったことは、まず物価が安い。ホテルも一泊4000円も出せば立派なところに泊まれますし、食事も1食日本円で300円程、タクシーも少し乗っても日本円で同じく300円程、レンタカー(左ハンドル…数時間で慣れるものですね、日本の運転免許書携帯でOK。ただし、JAFや台湾交流協会発行の中国語翻訳文必要)だけが5日で11025元と日本円で3万円程と高かったです。また、台湾は大変に日本人に友好的で、過去日本植民地だったため年配の方は日本語が達者ですし、看板も標識も漢字ですから大体解ります。困っていると誰か声をかけてくれ、治安も大変良く、人の暖かさをとても感じる国でした。自然も豊かで、食べ物は中華料理とは違いどれも油っぽくなく薄味で御上品、日本人の口にも合う絶品ばかり。またコンビニがどこにでもあり、それが日本の品物ばかりを置いているので、食べ物や旅行中困ることもありませんでした。ただ、台北市内などの運転は荒く市内の運転はしなくて良かったと感じました。

鳥見は…と言いますと、台湾の探鳥人口は…というか野鳥撮影人口は多く、大きい一眼を持たれ撮影している方が多かったです。が、餌付けして撮影されることを良としている点で私としては?。大雪山森林では、ミカドキジとサンケイという添付画像にある野鳥が、ネットで調べると林道のある地点に良く出て来るというのでどうしてかな?と思い、その地点に行けば、案の定餌付けしてり、一定の時間になるとその2種が出て来るのです。私はラッキーにもその餌付け地点ではない場所でミカドキジを撮影することにも成功しましたが御国柄?。でも、自然は豊かで素晴しいところ=台湾です。鳥見友達も沢山出来ましたし、また必ず行ってみたい地になりました。

台湾確認種 カイツブリ、カワウ、ゴイサギ、ズグロミゾゴイ、ダイサギ、チュウサギ、コサギ、アオサギ、アフリカクロトキ、クロツラヘラサギ、マガモ、カルガモ、ハシビロガモ、コガモ、オカヨシガモ、ヒドリガモ、オナガガモ、タイワンオオタカ、ミカドキジ、バン、シロハラクイナ、セイタカシギ、ソリハシセイタカシギ、コチドリ、ダイゼン、トウネン、ハマシギ、アカエリヒレアシシギ、イソシギ、ミユビシギ、アオアシシギ、コアオアシシギ、アカアシシギ、クロハラアジサシ、ハジロクロハラアジサシ、タイワンジュズカケバト、キジバト、ベニバト、カノコバト、ツツドリ、カワセミ、ゴシキドリ、ヒメアマツバメ、リュウキュウツバメ、ツバメ、コシアカツバメ、タイワンショウドウツバメ、ホオジロハクセキレイ、キマユツメナガセキレイ、キセキレイ、ムネアカタヒバリ、アカモズ、タカサゴモズ、シロガシラ、シロガシラクロヒヨドリ、ミソサザイ、アリサンヒタキ、ルリビタキ、ジョウビタキ、カワビタキ、コンビタキ、ルリチョウ、シロハラ、ツグミ、シマドリ、キンバネホイビイ、ヤブドリ、アリサンチメドリ、カンムリチメドリ、ウグイス、コウグイス、ミヤマウグイス、コシジロムシクイ、ニイタカキクイタダキ、マミハウチワドリ、アオハウチワドリ、ハウチワドリ、キビタキ、クロエリヒタキ、ズアカエナガ、キバラシジュウカラ、ヒガラ、ヤマガラ、メジロ、アオジ、スズメ、オウチョウ、カケス、ヤマムスメ、タイワンオナガ、カササギ、ホシガラス、シマキンパラ、クビワムクドリ、インドハッカ、ハッカチョウ、ハシブトガラス

支部報「カッコウ」2011年6月号より

バードウォッチングと臨床遺伝学

静岡県立こども病院遺伝染色体科医長 
石切山 敏(いしきりやま さとし)

突然住友女史から電話があり、すわ愛の告白かと思いきや30数年来の支部会員だから鳥参上の原稿を書けとのことであった。そろそろ人生の総括をしろとの意と解した。

振り返れば、「ブラキストン線を越えてやろう」と北大医学部に入学してからはや40年が過ぎ、まさに「少年老い易く学なり難し」と痛感するこの頃である。

雪国に対する憧れもあった。故郷の静岡は那覇を除けば県庁所在地で最も積雪が少なく小学校には雪見旅行なる年中行事があり、私も初めて雪に触れたのは富士山麓での雪見であった。静岡は典型的な太平洋側気候で冬は晴天が続き富士山や南アルプス連峰が望める。ほぼ毎日雪を見ることはできるのだが、数十キロ彼方の三千m峰に輝く白銀は憧憬を掻き立てても癒してはくれない。もっとも札幌での二年目は初雪よりも初雨のほうが感動的であったが。

純粋な生物学では食えないと日和って応用生物学たる医学を選んだはずなのに、結局臨床遺伝学(臨床奇形学)という基礎医学とも臨床医学ともつかない中途半端な道を歩んできたが、自然な成り行きだった様な気もする。
臨床遺伝学のある総説に「多くの人々が臨床遺伝科医はバードウォッチャーだと思っている。バードウォチャーは見ているだけで何もしないが、臨床遺伝科医は違う」とあり、苦笑させられた。
臨床遺伝学の業界誌(American Journal of Medical Genetics)にR. M. Goodmanという臨床遺伝学者の追悼文が載っていて彼の業績として「ピーターソンフィールドガイド風の図譜を著した」とあった。この文章を理解できる日本人は私ぐらいだろうと、ほくそ笑んだのだった。
THE MALFORMED INFANT AND CHILDもPETERSON FIELD GUIDEも見開きの左半分にイラスト右半分に簡単な記述がある。患児ないし鳥と図譜を見比べて同定する仕組みで、まったく同形式である。(写真参照)常々思うのだが、臨床遺伝科医の養成には医学部で適格者を探すより野鳥の会会員を医学部に入れた方が確実な気がする。
もっとも、臨床遺伝科医の需要などほとんどないのだが。

思えば、シマエナガ・クマゲラ・ミヤコドリ・セイタカシギ・ノドアカハチドリ・アカフウキンチョウ・サンコウチョウ・ヒメアマツバメなど、札幌市から千葉県・米連邦・静岡県と渡り歩いてきた私の税金泥棒人生を様々な鳥たちが彩ってきた。
定年も視野に入ってきたので、今後は台湾・東南アジア・大洋州と南下を目論んでいる。南極にも鳥は住んでいる。退職後も暇を持て余すことはなさそうだ。

支部報「カッコウ」2011年5月号より

♪デイゴの花がきき(危機)〜♪♪

福山研二

ご無沙汰しております。久しぶりの登場です。先日、学会で札幌を訪ね、久しぶりに猿子さんを呼び出して飲んだら、彼が言うことには「いやー、昨日夢を見てサー、福山さんが出てきたんだわー。いやもー偶然だね、びっくりだね。天の助けだね。だから鳥参上の原稿書いて」と、脈絡のないお願いとなり、久しぶりにカッコーに原稿を書く羽目となってしまった。

といっても、最近は鳥さんとはご無沙汰で、焼き鳥屋くらいでしか出会わなくなっている。そこで、なんでも良いのかと聞いたら「なんでもいい。最近、堅い話ばっかだから」とのこと。そこで、最近の話題を一つお話ししよう。題して、「デイゴーの花がきき〜」なに、花が咲きの間違いじゃないかって。いや、いいのです。あの有名な島唄の出だしに似ていますが、今回は、その南の島、沖縄の県花でもある、デイゴに危機が迫っている話なのである。もっとも、デイゴの花は、多くの鳥の蜜源ともなっていることから、まんざら鳥に無縁でもないか。

それは昨年のこと、沖縄の竹富町役場の知人から、電話があった。彼とは、実は沖縄芸能での知り合いだったもので、てっきり東京で公演でもするのかと思ったら、あにはからん、竹富島のデイゴが虫にやられて、花が咲かないばかりか、枯れはじめている、なんとか防除はできないかという相談であった。実は、その虫はデイゴヒメコバチといい、アフリカからはるばるやってきた侵入害虫なのであった。被害が出始めたのは6年ほど前で、瞬く間に沖縄全域から奄美にまでひろがった。世界的にも東南アジア、台湾、ハワイにまで広がっている。

デイゴは、沖縄の県花である上に、竹富島では、重要なお祭り(種取り祭)を行う御嶽(うたき)に植えられている大切な樹なので、是非守りたいとのことであった。そこで、調べてみたら、良い薬があるが、とっても高いとのことである。竹富島には120本ほどのデイゴがあるので、200万円くらい費用がかかる。島民の人口が300人ほどなので、これはなかなか大変である。そこで、募金をすることとなり、全国に呼びかけた他に、チャリティーコンサートまで開催して資金を集めることになった。しかも、すぐにはお金がないので、公民館の基金から借金をして即座に実施した。害虫防除は時期が大切であり、これが、県や市などの公的なお金に頼っていたのでは、4月や5月には予算が使えずに往生するところであったが、市民の自主的な活動であったため、成功したと言える。一年後の今年の春、今度は、めでたく♪デイゴが咲き乱れ〜♪たのである。

ただし、この害虫は、防除をしてもいなくなるわけでないし、外来種なので、天敵がおらず、自然には収まらないので今後永続的に薬に頼らなければならない。げに、外来種は恐ろしい。

それでも、島の人たちは意気軒昂、続けていくことを誓い合っていた。こうしたことは、地元のやる気が一番大切だと言うことがよくわかった一件でもあった。みなさまも、是非募金にご協力を。
http://www.save-deigo.sakura.ne.jp/donation.html


デイゴヒメコバチで新芽が異常な形(むしこぶ)になったデイゴ


火炎の様な見事な花が咲くデイゴ。鳥媒花でもある。(撮影:喜友名朝次氏)

支部報「カッコウ」2011年4月号より

熊本の空から

日本野鳥の会熊本県支部 岩下勝樹(熊本市)

平成21・22・23年の三年間続けて西岡水源池の元旦探鳥会に参加させてもらっています。

平成21年は、ハシブトガラ・ゴジュウカラ・オジロワシ・オオタカと初エゾリス(探鳥会終了後一人になって、初クマゲラに遭遇する。近い近い、幸せ〜)。平成22年からは、妻と娘(札幌市)と家族三人で参加し、ヤマゲラ・アカゲラおまけにミヤマカケスの初列風切一枚拾得、探鳥会の終わりがけにはハイタカにも出逢えました。平成23年は、キレンジャク二羽など熊本ではなかなか観ることが出来ない鳥に出会っています。この日のクマゲラ、妻と娘は見ましたが私は観れず、残念。

参加のきっかけは、平成20年暮れに出かけたウトナイ湖で北海道ウォッチングガイドを見て、折角札幌まで来たので地元主催の探鳥会にと思い参加しました。

探鳥会案内には豚汁のお誘いがあり、箸と人一倍大きな紙ドンブリを持参し、毎年、遠方から来たということで歓迎され、家族三人共二杯目をペロリ。雪の中、北の鳥を観ながらの『ほかほか豚汁』は最高です。

さて、折角なので熊本県支部の活動を簡単に紹介します。

昭和44年「熊本野鳥の会」として発足し、昭和57年「日本野鳥の会熊本県支部」となり、平成21年には設立40周年を迎え、会員数は約450人を数えます。毎月発行の支部報も平成23年一月号で通巻364号となっています。

平成21年には、設立40周年記念事業として熊本県内で観察された309種類を掲載した「『熊本の野鳥』写真図鑑」を発行し、熊本日日新聞社から第31回熊日出版文化賞を受賞しています。(初級・中級向B5変型286ページ 定価2100円税込 初版3000部+1000部増刷し、好評発売中)。

探鳥会は、県支部主催及び各地区幹事主催で年約40回開催しています。 毎月第一日曜日には、熊本市立田山[標高152メートル]で定例探鳥会が20数年続けて行われており、サンコウチョウの繁殖やルリビタキの可愛らしい姿、昨年も日本3例目となるオウチュウカッコウのさえずりを記録するなど都市近郊の定例探鳥地も侮れません。

調査活動としては、1月のクロツラヘラサギ調査。クロツラヘラサギは、世界でも約2400羽程しかいない非常に稀な種で、昨年は、広大な干潟を背景に有明海・八代海沿岸で106羽と日本で越冬する258羽の41%と日本一の越冬地域となっています。

八代海沿岸の球磨川河口では、日本で唯一、オオズグロカモメの越冬もこの時期観察され、各地から多数の観察者が訪れます。

9月〜10月のタカ渡り調査(会員約60名参加)。9月中・下旬は、天草下島六郎次山[標高405メートル]で朝鮮半島・対馬・九州西岸経由のアカハラダカの渡りが観察できます。平成19年9月21日には一日最高となる14,243羽をカウントしました。10月初・中旬のタカ渡り調査はサシバの渡りを中心に行われており、毎年第二日曜日に県下一斉カウントも実施されています。昨年シーズン計約2700羽が南の国に旅立ちました。このうち約600羽弱は、天草下島で新たに観察され、九州西岸を南下する朝鮮半島がらみの個体ではないかと期待され、今後の詳細な調査が待たれています。

その他支部報には、野鳥情報のページもあり、県内で見られた鳥の情報を蓄積し、大切な記録となっています。

昨年も、11月に玉名市でニシコクマルガラス・熊本市でオオヨシゴイ♂が県内初記録され、確認数約350種類、内約120種類が繁殖又は繁殖の可能性ありとなっています。阿蘇の草原では、日本の南限となるコジュリン・オオジシギの繁殖。九州山地の森林では、ブッポウソウの繁殖やクマタカ・ホシガラス。有明海・八代海の干拓地と広大な干潟では、春・秋しばし羽をやすめるシギ・チドリ類約70種類。天草西岸の島嶼では、カンムリウミスズメ・カラスバト・ヤツガシラなど。

多彩な野鳥環境に恵まれた熊本よかとこばい。札幌支部の皆様も、いっぺんたずねてきなっせ!たのしかばい!!

支部報「カッコウ」2011年3月号より

赤い鳥 小鳥・・・・

札幌支部会員 大橋 晃

「赤い鳥 小鳥 なぜなぜ赤い 赤い実を食べた」
ご存じ北原白秋作詞の童謡です。

勿論赤い実を食べたから赤くなったのではないでしょうが、緑の中で赤い鳥が赤い実をついばんでいるのは絵になります。写真はギンザンマシコ(右側♂)が 赤い実をついばんでいるところです。(カラーでないのが残念)

高山帯でのギンザンマシコ、草原でのベニマシコ、林でのアカショウビンなど、出会うとドキドキしてしまいます。

大沼公園でアカショウビンが自分の体の三倍以上ある蛇を咥えて巣に運ぶのを見たときは度肝を抜かれました。

オオルリなどの「青い鳥」が幸福の鳥なら、「赤い鳥」はさしずめ情熱の鳥というところでしょうか。

北海道では夏の緑だけでなく、冬の白雪の中での赤い鳥はもっと映えます。イスカ、ベニヒワ、ハギマシコなど、冬の探鳥会でも出会ったことがありますが、寒さの中で、少し温かい気持ちになります。

冬はギンザンマシコが街中の街路樹に現れるとの話はよく聞きますが、残念ながらまだお目にかかっていません。白い雪をかぶったナナカマドの実をつつくところなど、是非見たいものです。

探鳥会といえば、私が野鳥の会の探鳥会に最初に参加したのが、九七年三月の円山公園でした。二月の探鳥会でベニバラウソが出たというので、是非見たいと 思っての参加でしたが、残念ながらそのときはウソだけでした。悔し紛れに「並ウソ」「真っ赤なウソ(嘘?)」などと軽口をたたき合う雰囲気がとても好き で、その後ちょくちょく参加させていただいています。

昨年は三月に膝を骨折して手術を受ける羽目になり、探鳥会にも参加出来ませんでしたが、今年は何とか参加出来そうなところまで来ましたので、また皆さんと一緒に赤い鳥、青い鳥、いろんな鳥を楽しみたいと思います。

支部報「カッコウ」2011年2月号より

カンムリウミスズメとの思いがけぬ出会い

日本野鳥の会札幌支部幹事 北山政人

カンムリウミスズメ(表紙写真参照)はウミスズメ類では最も南で繁殖する種類で、極東アジアの限られた地域に生息する鳥です。ウミスズメの仲間は北半球の北部の地域を主たる生息地としている種が多く、日本でも、繁殖が確認されている多くの種は、主に北海道周辺などの北日本に繁殖地がありますが、カンムリウミスズメは温暖な南からの黒潮の海域などで繁殖する珍しい習性を持つ種類なのです。世界で繁殖が確認されているのは、日本と韓国の南部のみです。カンムリウミスズメだけではありませんが、繁殖のためにだけに、一生のうちの僅かな時間を陸地ですごすだけで、大部分の時を海上で暮らす鳥たちの習性や生態を人類がどのくらい把握できているか、まだまだ未知の部分が多いというのが実情だと思います。

そんな鳥たちを含めた海洋の生き物たちにすっかり魅せられて、私は、ほぼ定期的に支部の探鳥会以外にも苫小牧と八戸間のフェリーに乗り続けています。カンムリウミスズメもこのフェリー航路で出会える印象深い生き物なのです。本州中部以南で繁殖する温かい海の鳥が、北海道沖、北からの親潮の海域になぜ?と不思議に思われる方もいるかもしれません。ここ数年、毎年、初夏の頃から秋ごろに記録されています。そして多くの場合は幼鳥もしくは非生殖羽の羽衣の状態です。青森側の尻屋崎沖や津軽海峡付近だけでなく、苫小牧沖など、北海道側でも記録があります。

私が初めて苫小牧と八戸間のフェリーから確認したのは、2005年7月24日、八戸を朝出て苫小牧へ向かう船上からで、支部行事の探鳥会の二日目でした。午後2時30分ごろ、室蘭沖から苫小牧沖へ寄りつつあった頃、船に近い場所に2羽のウミスズメ類が浮かんでいるのを発見し、双眼鏡でじっくり見る前に一眼レフのデジタルカメラで数枚シャッターを切りました。船が近づくとすぐに2羽とも潜水し再び観察する事ができませんでした。妙に顔の白いウミスズメだな、何かおかしいと思ったのですが、すぐ後にイシイルカの群や、ハイイロミズナギドリの大群などが次々と見られて、謎のウミスズメ類の画像をじっくりと検証する暇もなく苫小牧に入港してしまいました。解散前の鳥合わせの際にはカンムリウミスズを記録に入れず帰路に着きました。帰宅後にPCで確認すると、カンムリウミスズメの幼鳥もしくは非生殖羽でした。この時は北海道沖での記録は少ないので、自分としては大きな発見でしたが、その後も観察の機会や証拠写真の撮影もできました。

私以外にも北海道へ向かうフェリー航路から観察や撮影をしている方もいますし、東北地方沖や他の北海道沖でも見られる事が分かってきました。この鳥の謎の部分が明らかになり、具体的な保護活動が行われて、多くの生き物が安心して暮らせる海の環境が守られていければ大変素晴らしいことだと思います。カンムリウミスズメの非繁殖期の行動については長い間不明な点が多かったのですが、近年その生態が徐々に明らかになりつつあるようです。ウミスズメ類としては早く、12月頃に繁殖地に戻り、2月から5月頃が繁殖期です。陸上で暮らすのは約一カ月で、雛が孵ると、子育ては海上で行い、再び陸に上がるのは翌年の繁殖活動の時です。調査や研究が進まなかったのは、この習性の為でしょう。繁殖地の付近の海域で非繁殖期も過ごす個体もいれば、北日本の海域に来る個体もいるようです。興味のある方は日本野鳥の会のホームページをご覧ください。カンムリウミスズメの事だけでなく北海道の周辺海域の記録も知ることができます。

支部報「カッコウ」2011年1月号より

雑感「ツルを愛する人」に接して

札幌支部会員 川崎吉充

「ニセコフィールドツアー」で住友事務局長にお世話になって入会してから、もう十二・三年も経ちました。この間全くの不勉強で、鳥の識別度も低く「万年ビギナー」の私ですが、今年、別個の「写真サークル」で観察 のベテラン足立英治さんと出会って触発され、改めて野鳥への思いを深めております。

ところで、今回「鳥参上」へ寄港を依頼されて戸惑っていましたが、観察体験に程遠い私ながら、道内外への旅を通じ、特に「ツルを愛して止まない人」と接しての感慨を拙文ながら纏めてみましたので、一読下されば幸 いです。

「出水平野のツル」と又野末春さん

平成十四年一月下旬、国内最大のツルの越冬地「出水平野」に足を伸ばしました。

旅行前に当方から予約を受けた観察センターに近い民宿の又野末春さんから「ナベヅル、マナヅル、アネハヅル、クロヅル、ソデグロヅルなど沢山のツルが飛来しています。ツルがすぐ見える部屋を用意しておきます。 どうか気を付けて御出で下さい」との心のこもった返事が届いていました。

予定どおり此の民宿にお世話になって翌日夜明け前、庭先の田んぼからツルたちの羽音や騒めきが、窓の障子を通して枕元に聞こえて来てびっくり、いたく感動したことは言うまでもありません。

早朝八時過ぎ、観察センター前に広がる田んぼには、数千羽ものツルが集まっていました(約八十%がナベヅル)。この群れに又野さんは、若い人達と小型トラックに乗って刈り取られた田んぼの通路を回りながら、懸命 に餌を撒いていた姿は今も脳裏に焼き付いております。

既に保護活動家として知られていた又野末春さんは、昨年一月十七日惜しまれながら八十五歳で天国へ旅立たれました。改めて心から冥福をお祈りします。

「鶴見台のタンチョウ」と渡辺トメさん

タンチョウに魅せられて十年前、鶴見台の給餌場で、当時から全国にも知られていた渡辺トメさんが、二十羽位のタンチョウに給餌を終えて、偶然にも写真を撮っていた、私の傍に来て「ご苦労さん」と声をかけてくれま した。当方からも日頃の労をねぎらい、昔の苦労話など聞いていましたが「ツルが増えてきたので、近く退職する夫に手伝って貰おうと思って いる」と話してくれました。当方から「タンチョウが最近は増え過ぎと云われているが・」との問いかけに対してトメさんはすかさず「私もそ う思う」と言い残して、足早に自宅の方へ戻って行ったのが印象に残っています。

渡辺トメさんは現在九十歳になり、なお元気で村の援助を受けながら、ご夫妻で給餌の仕事を続けているそうですが敬服の至りです。「タンチョウ」にふさわしい更なるご長寿を切に祈っております。

以上ながながと終始ツルに関わる話になりましたが、振り返って此の二人から、こよなく野鳥を愛する人の心情と行動力を併せて垣間見せられ、その底に流れる「思いやり」にひとしおの感慨を覚えております。そして 八十路を超えた私ですが、遅ればせながら人生の勉強もさせて貰った気がしております。

支部報「カッコウ」2010年12月号より

ビバ おっ鳥クラブ

清水滋子

「おっ鳥だ!」ではなく、「おっ○○だ!」と鳥の名前を言える様になりたいと思い、せかせかと気ぜわしくはなく、お〜っとりとして探鳥会に参加したい。そんな思いも叶わない私を受け入れてもらえる、この会「おっ鳥クラブ」です。栗山以外に、由仁町・長沼町・南幌町・岩見沢市にも会員がいます。月に一度の例会、年に一度の宿泊探鳥会、その時々の室蘭の他地方へ出かける探鳥会があります。誰かが初めての鳥との出会いが有ると、まるで自分の事の様に喜ぶ仲間が増えました。長沼町にも「おっ鳥クラブ」が出来ているのです。

仲間が増えると鳥との出会いも増えてきて、栗山で、ヤツガシラ・アメリカコガモ・ハチジョウツグミ・ゴイサギ・アカウソが、タンチョウ・コウノトリ・シロフクロウもカウントされています。海のない栗山ですがカモメも見ましたし、ハサンベツではハチクマやクマゲラも運が良ければ出会えるのです。低い鼻をチョッピリ高くしての自慢です。ノスリとケアシノスリの違いや、カワセミの♂と♀の違いも見て確認をして覚える事の出来る町、それが栗山なんです。そうそう会員の自宅のバードテーブルにノゴマも来ました。

この何年かでミヤマガラス・ワタリガラス・カササギとカラスの仲間も増えました。月に一度の例会毎に発行される会報も、この九月で268号になりましたし、鳥類目録も、182種(亜種含む)カウントされています。毎年数が増えているのが嬉しいんです。
そんな栗山に移住をご希望の方にはおっ鳥クラブへの加入もお勧めします。ちなみに会員は20代から70代までもれなく揃っていますので。

支部報「カッコウ」2010年11月号より